所詮は待心の区々なるを失うべきなり

 気分の悪いことが続いている。一番目のことは書かない。書くと本当に腹が腐りそうだから(笑)。
 二番目は稀勢の里のことである。全勝で臨んだ13日目、相手は横綱日馬富士横綱決戦だからどちらが勝ってもいい。そこは好角家ワルシャワである。結果として日馬富士が勝ち、稀勢の里の連勝は12で止まった。決まり手は「よりたおし」、日馬富士のすさまじい出足に稀勢の里が圧倒された。そこもまったく異議を申すところではない。しかしその後がいけない。これはモンゴル系の力士、とくに白鵬日馬富士照ノ富士などの癖が悪いのだが、勝負が決まった後にさらにダメ押しをするのだ。相手は土俵を割っている。そこでふっと力を抜いて、逆に土俵から落ちるのを支えてやる。これが横綱大関に求められる。位の高い者の相撲なのである。それが闘争心ばかりのバカどもにはできない。寄り切ったとき(結果として稀勢の里が倒れ寄り倒しなったが)、日馬富士の両手はもろ差しのかたちで稀勢の里の両脇付近にあった。稀勢の里の右足は蛇の目を掃いている。その時に日馬富士の両手が、落ちていく稀勢の里の体を支えていれば、あんなにひどく土俵の下に落ちない。勝負が決まってからの相手を思いやるという気持ちがモンゴル人横綱にはできない。日馬富士が勝つのはいいが、勝ち方なのだ。相手への思いやりをもたない下品な相撲は嫌いだ。だから相手力士がしなくてもいい怪我をすることになる。あ〜気分が悪い。
 三番目は花粉症。まさに飛んでいるのが見える。眼は痒くくしゃみは止まらない。雪柳が咲き始め、まもなく桜も咲こうというこのいい時期に、ワシャは外に出るのがまったく億劫になる。早く花粉の季節の時期が終わらないかな〜。減感療法というのがあるらしい。来年にむけて試してみようか。
 四番目は、無性に「ユーミン」が聴きたくなって、花粉症の中を豊田まで出かけて、ブックオフで2枚組のCDを買った。それを流しながら機嫌よくドライブをしていた。帰ってきてCDを整理していたら、違うCDなのだけれど、有名どころの曲はみんなかぶっていた。
 五番目以降はあまりに些末なことなので言いませんよ〜だ。

 タイトルは一遍の『一遍上人語録』より。
 待心(まつこころ)は期待、雑念、執着のこと。