九博から帰り道

「100のモノが語る世界の歴史」では印象的な二つの像があった。ひとつは紀元100年頃のガンダーラ仏である。釈迦の姿が描きはじめられた最初のもので、仏像からは釈迦の徳の高さ偉大さが如実に示されている。お顔も、ヘレニズムの影響を受けておられるが、慈愛に満ちていて幽かに微笑む口元がやさしい。そこからほど近いところに、唐三彩の官吏を写した俑(陶製人形)があった。720年代に支那中国で造られた焼き物である。手を胸の前で合わせてすっくと立つ宦官。その顔は良く言えばプライドに満ちている、悪く言えば高慢な表情とも言える。
 どちらも素晴らしい作品だが、じっくりと拝見したいのはやはりガンダーラ仏のほうだね。
 驚いたのは、1300年代にイフェ大王国(ナイジェリア)で造られた頭像である。
http://www.history100.jp/point/index7.html
 上記をクリックしていただくと、最初に「ルイス島のチェス駒」が出てくる。その下の大きな頭が「イフェの頭像」である。これが鋳造されたものである。中世のアフリカは暗黒どころか、極めて文明的だったということがわかる。
 同様にアメリカの先住民族の文化も深く精緻だ。「モチェ文化の壺」
http://ameblo.jp/aran-mira88/entry-12016853468.html
 ここに写真があったけれど、撮影してもよかったのかにゃ?
 まぁいいや。これなんかも南北アメリカ大陸に白人どもがやってくる前に花開いていた文化があり、アフリカも南北のアメリカも、放っておいてくれれば独自の進歩を遂げていただろう。ヨーロッパの白い人々は余分なことをしてくれたものだ。

こんなニュースがあった。《中国軍制服組元トップ、郭伯雄氏の党籍剥奪 収賄の疑い、前政権軍ツートップが失脚》
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150730-00000601-san-cn
 このニュースを読んで、脳裏を過ったのは、宦官俑の高慢な表情だった。制服組の2トップが失脚し、裏でほくそ笑んでいる誰かがいるに違いない。
 九州国立博物館からの帰路である。来る時に通った参道は人人人で埋まっていた。東京駅のラッシュ時でもこんなことはなかろうという凄まじさ。その90%以上が「チャンワーチェンワー」と叫ぶ人たちだった。そんなに天神様信仰は人気があったの?
 太宰府駅前の交差点のところでは、マイクをもった数人の若者が「チャンワー天安門、チェンワー天安門……」と演説をしながら、行き過ぎる同国人に新聞を配っていた。
大紀元時報」だった。ワシャが通りかかった前後で、その新聞を受け取ったのはワシャだけだった。支那中国の人はまったく無視をして通過していくのみだった。彼らには国のニュースより「梅が枝餅」のほうに興味があるのだろうか。試食には無数の手が伸びているのだが……。