ハードなスケジュールだった福岡行を聞いてくだされ。
土曜日の朝は、地元に住んでいる作家の講演があった。この人とは年末に仕事を予定しており、そのあたりの打ち合わせもしなければならない。もう一人、交渉事があって、こちらはかなり大物のエンターテーナー。今の段階では、交渉中なので名前が言えない。でも、繰り返すが、その道ではかなりの有名人なのである。
この2つの交渉もあって、本来なら朝一番ののぞみに乗って、博多に向かいたかったのだが、午前中はあきらめた。でもね、打ち合わせも交渉もうまくいった。作家さんの講演もおもしろかった。
それから自宅にとって返し、キャスターバッグに替えの下着やシェーバーなどを突っ込んで、JRの駅に向かう。昼飯を食う時間を惜しんだからか、予定していた快速より早い電車に乗れそうだ。これなら名古屋駅であわてなくとも済む。
ホームに上がると、アナウンスがしきりに流れていた。どうやら列車が遅れているらしい。
「ただいま、岡崎駅構内におきまして、下り快速の運転手、体調不良により、運転手の交代をしております。お急ぎのところ、ご迷惑をおかけいたしますが、もうしばらくお待ちください」
その後、岡崎駅を13分ほどの遅れで出発したというアナウンスがあった。この13分の遅れで、結局はちょうどいい時間になってしまった。とにかく、早めに出ておいてよかったわい。
運転手の代わった快速は遅れの分だけ混んでいた。ワシャは三両目の後方の入口から乗車したが、隙間がないくらいに人が乗っている。ワシャはドア横の狭いスペースに背をあずけて、キオスクで買ったばかりの雑誌を読みはじめた。
快速電車は刈谷を過ぎて、大府に向かっていた。逢妻川を渡っている頃合いだった。3両目の前方で男性の大声があがった。列車の走行音で、何を言っているかはわからない。この時間に酔っぱらいはないよな。何らかのトラブルの発生があったことは間違いないが……。こうなるとワルシャワは臨戦モードに切り替わる。雑誌は丸めて筒状にしている。なにか起きた時の武器にするためだ。そして姿勢をよくして高いところから状況をうかがう。う〜ん、混んでいるので前方まで見通せない。中央ドア付近にいる背の高い女性が不安そうな目でこっちを見ている。前の混乱が中央あたりまでは伝わっているのだが、男の大声が一回きりでは後方の客に緊張感は伝わらない。大府駅が近づいてくる。騒ぎは拡大している。その後、男の声は何度もした。女の悲鳴も間に挟まる。その内にグリーンのポロを着た60とおぼしき男性が前の方から、何事かを喚きながらこっちに向かってくる。快速は大府駅で停車した。停車した途端、車内に緊急ベルの音が鳴り響いた。まもなくホームの緊急ベルもけたたましく重なった。
「車掌を呼べ!」
「医者だ医者だ!」
「動かさないで!」
「そこをあけろ!」
時を経ずして、駅員がわらわらと駆けつけてくる。ベルは鳴りっぱなしである。その内に担架をもった駅員や、車いすを押す駅員が駆けつけてくる。大府から乗ってきたオッサンは「誰か人が線路に落ちたらしい」とかいい加減なことを言っている。
15分くらい大府駅で足止めをくらっただろうか。結局、3両目前方で女性が体調を崩したらしい。その女性は駅員に伴われ車椅子でエレベーターのほうに消えていった。それでもベルって鳴り止まないんですね。一度、鳴った以上、点検項目がいくつかあって、それを全て点検し終わってからでないと出発できないらしい。
いつもならあっという間の大府―名古屋間の長かったこと。仕方がないので電車の中を走っておりましたぞ。名古屋駅を降りてからも、コンコースを走って、新幹線ホームに辿り着いたとき、博多行きのぞみがホームに入ってきたのだった。セーフ。
それにしても波乱の旅を感じさせるスタートとなったわい(つづく)。