医は仁術

 群馬大学の腹腔鏡手術
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150303-00050056-yom-soci
この執刀医はバカだろう。いろいろな話が出てきているが、まともな人間なら自分の技術のなさに、早い段階で気がつく。それが性懲りもなく8回も命をもてあそび、あろうことか成果として報告している。厚顔無恥とはこのこと。
 村上もとかの『JIN−仁−』には感動した。主人公の南方医師はコミックのキャラクターと理解しつつも尊敬の念すら抱いてしまった。群馬のアホ医者に南方医師の百分の一でも「仁」があれば……と悔やまれてならぬ。
 とは言いながら、ワシャは医者をあまり信用していない。もちろん「一般的に」という話で、かかりつけの内科の先生のことは信頼しているし、いい先生だと思っている。先生が「ちょっとお酒を控えたほうがいいですね」とか「食後は一時間くらい横にならないでください」と言われれば、素直に従っている。食事が終わってから居間で直立不動で微動だにしない。いい患者でしょ(笑)。
 でも、全般という話では医学について疑問を持っている。もともと学がないので「なにを根拠に?」と言われてもうまく説明はできないんだけど……漠然と、現代医学っていうのが、機械的で、細かく分析し数値化をするんだけれど、人間的ではなく、人間というのは千差万別なのにも関わらず、定型的に分類されているような気がする。ううむ、やっぱりうまく説明できない。
 それに総合病院の科目が細かい。一例だけれど、ワシャの住んでいるところの病院でも22科、内科系だけでも、内科、神経内科、呼吸器科、消化器科、循環器科、血液内科、腎臓内科と7科もある。もちろん専門性は必要だろう。個々の部位に分けていけば、研究はさらに先鋭化し深まっていく。だけど人間の体って、そんな部位部位ごとに治療をすれば治るものなのだろうか。脳も心臓も胃腸も血管もすべてがつながっていて、それぞれが影響し合って人は出来上がっている。個々に存在しているわけじゃない。だから思うんですよ。病を治すっていうのは、人間そのものを、人体全体を俯瞰しなければいけないんじゃないかと。
 一例だけれど、友だちのT君は、のぼせ、耳鳴り、花粉症で、逆流性食道炎、胃炎に過敏性腸症候群、おまけに腰痛に冷え症ときたもんだ。この症状でどこに行けばいいのだろう。

 どこかで聞きかじった受け売りなんだけど、西洋医学というものは脳がすべての中心にいて、すべての人体をつかさどっているという。ところが東洋医学は、五臓六腑がお互いに息を合わせて調子をとっていく、という考え方に基づいている。
 馬齢を重ねてくると、なんとなく東洋医学の考え方のほうがしっくりとくるような感じだ。坐禅も、まず体をを調えて、次に息を調えて、そして心を調えるという順番である。
 ちょっと東洋医学の本でも読んでみるかな。