長袖よく舞ふ古市の娯楽

 今朝の朝日新聞の地域総合欄に、伊勢古市の麻吉旅館
http://www.ise-kanko.jp/base_data/base_data.php?info_cd=00070
の写真が出ていた。江戸の風情を現代に伝える貴重な風景である。タイトルの「長袖(ちょうしゅう)よく舞ふ古市の娯楽(たのしび)」は、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の五編追加の緒言に出てくるフレーズ。「長袖」は長袖の着物をきた舞子のことなので、「舞子が舞い踊る古市」ということでげす。
 その五編追加の中にこんな歌が挿し込まれている。
「ふんどしをわすれてかへる浅間嶽万金たまをふる市の町」
 弥次が女郎屋に上がったのはいいのだが、ふんどしがあんまり汚いものだから、格子窓からそっと捨てた。それが運の悪いことに風に舞い、松の枝に引っ掛かってしまった。それを見つけて北八や女郎どもが大笑いをしているという場面である。
 歌の意は、「ふんどしを忘れて帰る」はいいですよね。「浅間嶽」は「朝まだき(早朝)」を掛けている。それは浅間嶽(朝熊山)の中腹に「万金丹本舗」があるためで、それはもちろん「万金たま」を導くためである。またその「たま」が「ふる」に掛かっているという手の込んだ狂歌になっている。この情景、男性諸氏ならばイメージできるでしょ(笑)。

 なぜこの記事、写真が気になったかということだが、10月11日の日記
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/20121011
に、歌舞伎の「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」について書いている。その物語の舞台こそ、この古市なのである。殺傷事件は寛政8年(1796)に起きている。五編追加が書かれたのが文化3年(1806)だから、ちょうど10年後である。残念ながら十編舎一九は、浄瑠璃「傾城恋飛脚」いわゆる「梅川忠兵衛」には触れているのだが「伊勢音頭恋寝刃」には触れずじまい。ワシャなら油屋事件にかこつけて弥次さん北さんにひと暴れしてもらうところだけれど……。

 さあ、今週は歌舞伎ウイークなのじゃ。江戸の風をおもいきり堪能しまっせ。