乳母日傘に国政を任せられるか その4

(上から続く)
 我国は一刻も早く乳母日傘の腑抜けた政治家を排除し、国際社会の悪意の中で縦横無尽に活躍する本物の政治家を揃えなければならない。そのためには国民がこの国のありかたに思いを寄せることが肝要だ。くれぐれも自分の家の前のドブのフタのことなどで政治家を使ってはいけない。代議士は国事のために奔走させるのだということを、政治家に寄生しているジジイどもは肝に銘じろ。そうしないと我々の子や孫はどこかの国の支配を受ける属国の民になるかもしれない。それでいいならいいけど、ワシャはそれではいけないと思っている。自民でも民主でもガキでもジジイでもなんでもいい。とにかく日本の国柄を愛する強かで頭のいい代議士を選ばなければ、この国は滅びまっせ。

 司馬さんは言う。
「日本という国家がなくても19世紀までの世界史は成立します。となりの中国史でさえ成立します。もし日本がなければ中国に扇子だけは存在しない。せいぜいそんなところです」
 確かに19世紀までの地球から日本という国家をすっぽり取り去ったとしても、世界史の教科書に変更する点はほとんどない。日本がなくたって産業革命は興ったし、アメリカ合衆国は独立しただろう。日本はようやく明治維新以降に周辺諸国や欧米列強に影響を及ぼし始める。この影響が生半可ではなかった。それまで貯めに貯めたエネルギーを一期に放出した感じがある。征韓論台湾出兵、甲申事変、日清戦争日英同盟日露戦争韓国併合……
 司馬さんは続ける。
「ひねくれていえば、日本などなかったほうがよかったと、アメリカも中国も、夜半、ひそかに思ったりすることもあるのではないか」
 確かに20世紀に入ってからの神州日本は激烈に過ぎた。そして内外に大きな影響を残し、少なくとも大日本帝国は滅びた。
 司馬さんはこう結んでいる。
「しかしながら今後、日本のありようによっては、世界に日本が存在してよかったと思う時代がくるかもしれない」

 そうするためにも有権者はいい加減な気持ちで代議士を選んではいけない。先の大戦の呪縛から日本を解き放つためにも、子どもたちに素晴らしい国柄を残すためにも、今度の総選挙は大きな意義を持っている、そう思っている。