万朶の桜

 今、東海では桜が満開だ。ワシャの会社近くの公園でも薄紅や白色の桜が妍を競っている。昨日の昼休みに桜のトンネルを漫ろ歩いてみたが、やっぱり日本の風景に桜はピッタンコですな。市川崑監督『細雪』のファーストシーンに出てくる京都円山公園の満開の桜を思い出しましたぞ。あの桜も素晴らしかった……
 そんな思いに耽っていたら、突然、現実に引き戻されてしまった。青のビニールシートが一面に敷きつめられている。夜桜見物の場所取りだ。夜桜も結構だが、これでは日中に桜を愛でようと訪れた人はまともに桜を楽しむことはできませんぞ。緋色の毛氈ならばまだしも、テカテカとぎらつく青いビニールシートでは地震直後の被災地のような風景になっている。
 基本的に桜は日中に楽しむものと信じているワシャには根元を真っ青に染めた無残な桜を理解できない。

 夕方、風が上がった。随分、冷えてきている。帰路、暮れなずむ公園の脇を通りかかると、桜の公園にある池の小島で花見の客が身を寄せ合って桜を見上げて酒を飲んでいる。人数の割りに島の面積がなかったんだろうね。犇めき合って並んでいるその有り様は、「あんたら修行僧か!」と言いたくなってしまう。杉花粉の混じった北風で外から冷やし、冷たい缶ビールを飲んで中から冷やし、本当に楽しいのかにゃ?
 ワシャはそういった意味のない行動にはまったく興味がないので急いで家に帰った。風呂が沸いていたので、早速、温かい湯船に浸かりながら谷崎潤一郎細雪(上)』(新潮文庫)の十九章を読む。風呂を出て、コタツにもぐりこんで、薩摩白波の湯割りに一片の桜の花びらを浮かべて飲んでごらんなさいよ。
「うまかー!ほんわかー!」
 てなもんですぜ。