常陸行

 関東平野というのは実に広い。よくぞ岡崎や駿府で育った家康がこれほどの広所に根を下ろしたものだと感心する。
 小田原を通過してから延々と平かな土地が続く。都下に入って平野はビルにうめ尽くされてしまう。
 千年前、この地を一人の少女が旅をしている。上総介菅原孝標の娘である。この人、父親の赴任先である上総国から帰京する際に現在の東京都港区の慶應大学あたりに通りかかる。
《今は武蔵の国になりぬ。ことにをかしきところも見えず。浜も砂子も白くなどもなく、こひぢのやうにて、むらさき生ふと聞く野も、葦・荻のみ高く生ひて、馬に乗りて弓もたる末見えぬまで高く生ひ茂りて、中をわけ行くに・・・》
 武蔵の国に入って、海岸に近いところを南へ向かっているのだろう。背の高い葦、荻ばかりの野を風情がないと評している。それでも現代の風景に比べれば格段に趣があっただろう。
 東海道新幹線を山手線に乗り換え、秋葉原つくばエクスプレスに乗り継ぐ。都下ではずっと地下を走っていた電車は埼玉県の八潮で地上に顔を出す。やはりそこも関東平野なのだ。車窓の風景は浩々としている。
 筑波に近づくにつれ電車の進行方向左手に筑波山が見えてきた。研究学園駅から再び地下にもぐってつくば駅に到着する。
 つくば駅・・・清潔な駅ですな。近未来的な雰囲気がある。地上へ出る。この辺りが筑波市の中心市街地となる。それにしても実に人工的な風景だ。整然としすぎている。無味乾燥というか、一昨日も書いたけれども定規で引いた線ばかりで構成された街はどうにも居心地が悪い。そして街が広すぎる。広所恐怖症ではないが、この街の中心にぽつんと置き去りにされたら不安になるだろうなぁ。
 市内を循環するバスに乗りこんで学園都市を見分してみたが、どこまで行っても大学のキャンパス内といった印象だった。もちろん筑波大学はあるし、その他にも産業技術総合研究所気象研究所、国立環境研究所、防災科学技術研究所、国土技術製作総合研究所、国土地理院などなど研究施設がいたるところにある。まさに日本の頭脳の集積地というところだろう。だからつくば市ではマッキントッシュのユーザーが多いのだそうだ。
 ここでワシャはある博士とあったのである。平田満が度の強そうな眼鏡をかけて後頭部におもいきり寝癖をつけたような博士は実にいい人だった。
「えーっと、えーっと、えーっと」が口癖の素敵な平田博士の話は、今から出かけるので、明日、書くことにする。