安全神話の崩壊

「水と安全はタダに決まっている」
 そう言ってみたいよねぇ。
 かつては、田舎町なら、夜でも戸締めをしなくたって平気だった。日中、家屋内に人っ子一人いなくたって、家中あっぱらぱぁだった。それでも何も取られなかったし、実にのどかなものだった。
 水だって、裏山から流れてくる沢の水が飲料水として使えた。水量も豊富で沢をせき止めれば、そこで水浴びができた。
 ところが今では、田舎でも人相の悪い外国人がうろつき、庭先に停めてあった車が盗まれたり、強盗殺人まで起きるようになった。また裏山には、産廃業者のトラックが頻繁に出入し、沢をゴミの山でどんどん埋めている。
 日中、ばあちゃんが留守番しているんだが、玄関には厳重に鍵が掛けられ、沢の水には油が浮くようになったから、恐ろしくてもう口にするようなことはない。
 メイやサツキが小学校から帰ってきても、縁側から「ばあちゃん、ただいま」というわけにはいかない。ブザーを押して、玄関脇の防犯カメラに向かって「ただいま」と言うのである。そうすると、ガチャガチャといくつもの鍵を開錠する音の後に、ようやくばあちゃんが顔を出し、油断なくあたりを見回すと、「早くおはいり」と二人を急かすのだ。二人があわてて玄関の中に入ると、扉はたちまち閉じられて、父親が帰宅する夜中まで開くことはない。子どもたちは暴走する産廃トラックが危ないので、外で遊ぶことはない。ずっと家の中でテレビゲームをして過ごすのである。
 誰もいない庭先を中トトロと小トトロがとぼとぼと歩いている。毛は抜け落ち、皮膚は赤くただれている。もう死期が近いのかもしれない。あの猫バスは窃盗団に盗まれて今ではシベリアあたりを走っているらしい。
 これでいいのか、日本。