恩を仇で返す

 春がもうそこまでやってきている三月下旬。おだやかな日が数日続いた後に、寒波が襲来した。すでにアイスバーンになっていたスキー場に雪がつもった。うれしや。ワシャは、久々の新雪を楽しむべく、その日の早朝に家を出た。
 出発の時にちょっとしたトラブルがあった。玄関にスノトレが見当たらない。勝手口にもなかった。どこにいっちゃったのかな。でもね、眠気が取れてくると思いだしましたぞ。スノトレは縁側の沓脱石のところに並んでいた。
 スキーの準備は、前日の夕方にしておく習慣がついていた。庭先の車に道具一式をあらかじめ積んでおくのである。早朝にガチャガチャすると近所迷惑でしょ。その準備をして、玄関に回れば良かったのだが、茶の間の縁側から、直接、上がってしまった。だから、スノトレは沓脱石のところにあったというわけ。
 靴を履くとちょっと冷たかったが、雨が降らなくてよかった。降ったらつかえなくなるところだったわい。

 当時、ワシャは三菱のランサーワゴンの4WDに乗っていた。そいつに友人二人を乗せて、奥美濃に出発した。
 家を出て10分くらいだったと思う。隣町に差し掛かったところで、右足のつま先に激痛が走った。これがとんでもなく痛い。急いで路肩に車を寄せて、スノトレを脱いで、靴下をはぎ取った。あああ、親指の先がはれている。どうしたというのだ。

 友人がスノトレを振っていると、中から地蜂がぽとりと落ちた。こいつが犯人だな。

 数日前から暖かい日が続いていた。そのうららかな陽気に誘われて地蜂が庭に出てきたのだろう。数日、水仙の花で遊んだりしていたら、急に寒波に襲われた。蜂は困った。ふと庭先の石を見るとホカホカと暖かそうなスノトレがある。その中に避難した。ところが最初は暖かかったスノトレもすぐに冷たくなる。蜂はその中で動けなくなってしまった。仮死状態だ。それを助けたのは、再びそこに足を入れたワシャだった。ワシャの体温でスノトレの中が暖かくなる。蜂はその暖気で復活をしたのだろう。言ってみれば蜂にとってワシャは恩人である。こともあろうに命の恩人の親指を刺すとはなにごとか。恩を仇で返しおって。
 スノトレから落ちた蜂は、ワシャの仕返しを恐れたのか、どこかに身を隠してしまったようだ。その後の蜂の行方は杳として知れない。