于武陵(うぶりょう)は、8世紀の前半に唐帝国を生きた詩人である。と、知ったようなことを書いているけれど、ワシャは最近まで知らなかった。
6月13日の日記
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/20170613/1497307623
に《「サヨナラ」ダケガ人生ダ》という名言について書いた。ワシャは、名言を残したのが寺山修司だと思ったのだけれど、井伏鱒二が正解だったというお粗末。
確かに……名訳は井伏鱒二のものである。だが、元の漢詩の「勧酒」は、冒頭の于武陵が作ったわけで、「于武陵じゃねえか」といちゃもんをつけられないこともない。
悔しいので、于武陵の五言絶句を当たった。これがまたいい。まずは『唐詩選』(岩波文庫)から。
勧酒(酒を勧む)
勧君金屈巵(君に勧む きんくつし) ※「金屈巵」は金製の豪華な酒杯
満酌不須辞(満酌 辞するをもちいず)
花発多風雨(花ひらけば 風雨多く)
人生足別離(人生 別離足し) ※「足し」は「おおし」と読む。
直訳は《君に勧める黄金のさかずき、なみなみとついだこの酒を、辞退するものではないよ。この世の中は、花が咲けば、とかく風雨の多いもの、人が生きて行くうちには、別離ばかりが多いものだ》とある。
これでも元の詩がいいので充分に于武陵の思いが伝わってくる。
科挙試験に合格し、官として華々しい人生を送るはずであった。しかし官界に身を置いてみれば、その薄汚さに絶望し、書物と琴を携えて天下を放浪した。何歳で亡くなったのかも定かではない。漂泊の詩人だった。
これが井伏鱒二の訳になるとこうなる。
《コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ》
ううむ、七五調の名訳ですなぁ。
暦がまもなく還ろうとしているのに、于武陵を知らず、井伏鱒二すら読まず。インテリジェンスは遼かに遠く、目先ばかりのペダントリー(衒学癖)に陥ってしまった。
本を大量に読めば教養人になれるというのは錯覚だと、作家で国文学者の林望さんも言っている。本の量ばかり誇っていてもアホだということですな。まぁジタバタせずに、酒でも酌みながら、于武陵の詩一編をじっくり味わったほうが良いということだろう。