フェードル

 宝島社の『もっと知りたいミュシャの世界』の中に「ミュシャサラ・ベルナール」の物語がある。ミュシャは大地主の援助でミュンヘン、パリへと留学するが、その援助も打ち切られ、印刷所の臨時工として働いていた。そこに当時のフランスで一世を風靡していた大女優のサラ・ベルナールから主演舞台のポスター依頼が舞い込む。たまたま印刷所にはミュシャしかいなかった。ミュシャはすぐに下絵を書き上げ、サラから大絶賛を受ける。この後、ミュシャは大女優のポスター制作の専属契約をすることができた。
 だからミュシャの作品集を見ていると前期の作品にはサラ・ベルナールの姿が多い。出世作の戯曲「ジスモンタ」のサラ・ベルナールは女神のようである。これね。
http://www.mucha.jp/sarahgismonda.html
「ジスモンタ」の他にも「椿姫」や「ハムレット」を演じるサラのリトグラフはあちこちの画集で鑑賞することができる。でもね、「フェードル」のポスターが見当たらない。どの画集を観てもだ。作ってないのかなぁ。
 まあいいや。とはいえ「フェードル」という戯曲はサラ・ベルナールなどによって演じられてきたギリシャ神話に材をとった名作である。サラの代わりに誰がフェードルを演じる?これは生半な女優ではこなせないぞよ……と思ったら、大竹しのぶがフェードルを演じる。ううむ、今、日本の女優陣ではおそらく大竹くらいしか演じられまい。

 今日、この公演が刈谷である。「フェードル」という題は知っていた。しかし、ワシャにはピンとこなかった。大竹しのぶ平岳大キムラ緑子あたりの芸達者が並んでいるので、「まぁ見ておこう」くらいの動機だった。ところがチラシを見ていて驚いた。「サラ・ベルナール」が演じたというではないか。サラとくればミュシャに繋がり、ワシャの興味はぐぐぐぐっとひきつけられる。でもね、「フェードル」という題名には知識がないのでピンとこなかった。
 だがよ〜く見てみるとタイトルの「フェードル」の下に小さく「PHEDRE」と書いてあるのを昨日見つけた。「フェードル」のアルファベット表記ですよね。「ペエドゥレ」……「パエドラ」……とも読める。パイドラ!?おいおい、ギリシア悲劇の『ヒッポリュトス』に登場する美しき妃ではないかいな。と思って書庫の探してみると、丹羽隆子『はじめてのギリシア悲劇』(講談社新書)にありまんがな。ドラマは、年若い母のパイドラ、血のつながらない息子のヒッポリュトス、英雄の父テセウスの三角関係なんですね。はてさて気ままな愛の神アプロディテに翻弄される結末はいかが相成りましょうか、というドラマだったのだ。なんと……アホなワシャは「フェードル」にまんまと裏をかかれていたわい。
 さて、現在の日本では名女優と言っていい大竹しのぶが、はてさて世界の大女優たちが演じた「フェードル」をいかに演じますことやら。楽しみ楽しみ。