.鯉のぼりの御利益

 夕べ、恒例の安城落語会。前座が、瀧川鯉佐久(こいさく)、続いて二ツ目柳家さん光(さんこう)、仲入り前のトリが瀧川鯉昇(りしょう)である。仲入り後、柳家権太楼(ごんたろう)が高座に上がった。
 鯉佐久はたぬきの子供と気のいい親方との交流を描く「狸賽(たぬさい)」を短くしてごきげんをうかがう。さん光は時代の新しい「新聞記事」というネタをかける。新聞がまだ庶民には珍しいころの噺である。
 さて鯉昇。通常は演者が5人なのだが今回は4人。だから楽しいマクラがたっぷり聴ける。自身が浜松出身なので、今度の大河ドラマ井伊直虎の噺を持ってきた。浜松市の北の山中、井伊谷の話から起こしていく。人類より猿が多い。猿がカボチャを盗んでいく。そんな噺で客をくすぐりながら、猿が、効率よくカボチャを運ぶ姿を猿まねをして両脇に抱えて2個盗んでいく。途中に道路ができて横断歩道がある。そこを子供たちは右手を挙げて通っていく。猿である。その真似もする。右手を挙げると脇に抱えたカボチャが落ちる。落ちたカボチャを足で器用に蹴りながら横断歩道を渡っていく。鯉昇、とぼけた顔で「これがフットサルですな」。寺の本堂が揺れるくらいの大爆笑だった。
 そして権太楼の登場だ。
 先日、NHKの番組で「NHK新人落語大賞」
http://www.tvguide.or.jp/news/20161025/03.html
に挑戦するイケメン落語家の柳亭小痴楽(こちらく)と春風亭昇々(しょうしょう)にスポット当てていた。若手落語家の奮闘のドキュメンタリーである。小痴楽は痴楽の息子でサラブレッドと言っていい。古典にこだわって落語に取り組んでいる。決戦までは残ったのだが、もうひとつ抜け上がることができない。昇々のほうである。彼は新作落語に進もうと精進を重ねている。ところが1年前の「NHK新人落語大賞」では古典をかけた。この大会では古典のほうが高得点を期待できると分析したからである。しかし落ちた。落した審査員の中に権太楼がいた。昇々の評をする権太楼の顔が恐かったねぇ。
「あざとい。お客さんを笑わせるんじゃない。笑っていただくんだ」
 昇々、その反省を活かし、今年は一番自信のある新作落語で挑んだ。結果は同点で2人が並んだ。しかし権太楼をはじめとする審査員たちは、最終の選択で上方落語桂雀太を選んだ。「勝敗にはこだわらない」と言っていた昇々は悔し涙を流した。
 昇々が半年前に上がって、その明るさで爆笑をとった同じ口座に権太楼が上がった。
 権太楼、小柄である。座布団にちょこんと座ると、ゆったりと噺を始める。マクラは一年の振り返りである。日本シリーズの噺のところで「しろしま」「しろしま」と何度も言う。「広島カープ」の「広島」のことであった。権太楼生粋の江戸っ子なので「ひ」が「し」になってしまうのだった。次に持ってきたマクラは、「いわゆるカジノ法」についてである。「バクチはいけません」という噺をしながら、さらりと本ネタに入っていった。
「長兵衛」
 という左官の親方の名前が出た瞬間に鳥肌が立った。古典の人情噺の「文七元結(ぶんしちもっとい)」だ。声には出さなかったが、つい「あ!」と表情に出てしまった。それを権太楼、見のがさなかった。まずジロリと睨む。そして「いいでしょ」とニヤリと笑った。
 師走の大ネタ「文七元結」、うれしいじゃありませんか。その噺に入ってから、客はしわぶきさえ憚って静まり返った。権太楼ワールドである。3度泣かされ、何度も笑わされ、1時間にわたる人情ドラマが終わった時、大喝采が起こった。拍手は鳴りやまなかった。いつもならすぐに立ち上がる客も余韻を楽しむかのように権太楼が引っ込むまで席を立たなかった。

 この師匠がダメだと言ったら、昇々くんも仕方がないだろう。精進するしかない。

 タイトルは鯉昇師匠が出版された本の題名である。会場で購入し、その場でサインももらったのでした。めでたしめでたし。