日本人の美徳

 日本人の美徳として「昨日の敵は今日の友」ということがある。
 羽柴秀吉が織田政権の相続で江州賤ケ岳において筆頭家老の柴田勝家と覇を争った。このとき秀吉は、勝家の甥の佐久間盛政――いまのいままで血で血を洗う激戦を繰り広げた相手――を「あいつは殺さぬ、俺の家臣にする」と言った。
 家康もそうだ。甲州武田家には三河侵略戦や三方ケ原の戦で煮え湯を飲まされ続けてきた。しかし家康、一旦、甲州をその手中に治めると、過去の恩讐を越えて甲州侍を重用するのである。つまり秀吉も家康も将棋指しであった。取った駒を自分のものとすると、それを恨みのあまり残酷に処刑をするのではなく、自らの配下として再利用する。これは命をむやみに損耗しない実にいいやり方であった。
 この美徳は、随分と後世の日露戦争でも発揮された。203高地日本兵を虫けらのように殺戮したロシア兵捕虜を勝者日本軍はまるで貴人でも扱うように優遇をしたのである。
 かたや特定アジアの国は、未だに「戦争で日本側が犯した罪悪は消し去ることができない」と声高に叫んでいる。執念深いと言うか、敵の墓を暴いて遺体にまで鞭打つ国柄とでも言おうか。60年と言えば2世代の時が流れている。その永きに渡って恨みを抱き続けるというのは、尋常なことではない。生物としての人ができることではないと思う。ひどく歪なイデオロギーに染めあげられた機能でなければ、そんな執拗な宿意を内包し続けられるものか。

「彼の敵は彼の患ある友にすぎない」
 生活の中心を「天」に置けば、敵もまた病める同胞の一人にすぎない。哲学者の阿部次郎の言葉である。

 あっ今日は「大村益次郎、遭難の日」じゃったわい。しまった、書くことがあったのに……