追悼117

 28年前の今日、神戸を大地震が襲った。あれは人災であったとも思っている。間抜けな行政リーダーを戴くと国民の命にかかわるという現実を確認するために、あれほど大きな悲劇が必要だったのだろうか?

 あのぼんくら首相には、今もって腹が立つ。

 

 同じ政治家としてこの人もなんだかな~。

鈴木宗男氏が主張 報道が不公平で「ウクライナに同情が寄る」ロシア兵の死者数報じられない》

https://news.yahoo.co.jp/articles/a7142c009abb269878da26c78a23e93c085ff63a

日本維新の会鈴木宗男議員が16日、更新したブログで、ウクライナ人が何人亡くなったというニュースは出るのに「ロシア人が何人死んだというニュースは出ない」と疑問を投げかけた。》

 アホか!ロシヤは死者数を正直に出していないじゃないか。もちろんウクライナもどこまで正確な数字なのかは疑問があるが、少なくとも嘘つきプーチンよりはまともだろう。

 それにしてもこの人の発言は終わっている。モロ親ロシヤが丸見えですね。

「それぞれ世界でたった一つの命である。命を守るためには『停戦』しかない。メディアから『停戦すべきだ』という発言がないことは残念である。15日のワシントンにおける岸田総理の記者会見でも停戦に向けての言及はなかった。『核なき世界』という前に、先ずは『停戦』と思うのだが…」

 己の命を守って国民を奴隷にするのか?さらに停戦を決めるのはウクライナ国民であり、ロシヤに甘い汁を吸わされた旬を過ぎた極東の政治屋が偉そうに言うんじゃない。

 

 冒頭の元首相も、後段の政治屋も、どうも支那、ロシヤなどのトラップに掛かっているようだ。民主主義というのは不安定な制度で、こういった政治家も国民が選んでいるのである。

 それでも、権威主義、独裁体制の支那、ロシヤには絶対に住みたくないけどね。

少数意見の尊重

 昨日、朝日新聞の「嘘グラフ」について触れたけれども、こっちも全体から比較するとどれほどの価値があるのか判らない数である。

《山上被告刑減軽求め署名1万筆超 市民団体、検察へ提出》

https://news.yahoo.co.jp/articles/32738f379519d60c53ed1f357496fcd9dd704bab

安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(42)の刑の減軽を求める署名活動をしている市民団体は13日、約1万1千筆の署名を甲斐行夫検事総長と伊藤伸次奈良地検検事正宛てに、郵便で提出したと発表した。》

 まずは、刑が確定していないのに「刑減軽」もなかろうに。さらに日本の歴史どころか世界史に悪影響を及ぼしたテロ犯罪者に対して「刑軽減を求める」ってどういう感覚の連中なのだろう。ワシャなんかは「刑加重」だとすら思っている(怒)。

 さらに言えば、え?たった1万1千筆?? 日本国民の12000の1ですぞ。国民の0.01%に満たない主張ってどれほどの数か?それがどれほどの説得力を持つのか、日本人は真剣に考えなければならない。

 最近、極々少数の意見が蔓延るようになってきて「市民団体」という存在にいささかの疑問を持つようになった。「市民団体」の中に「プロ市民団体」というのが混じり始めて、今ではその過半を「プロ市民団体」が占めるようになってきてるのではないか?

「少数の意見も尊重しろ」と言われる。そのとおりだと思う。少ない意見の中に光るものがあるなんてことは往々にしてある。しかしそれは40人のクラスの中で1人とか、せいぜい100人の会社での1人とかの話で、衆議院465議席の最小会派が3だから0.64%くらいまでの意見は尊重している。それに当てはめても76万人くらいの署名は集めなくっちゃねぇ。

 この反安倍集団の署名1万1千は民主主義でもまったく無視してもいいレベルと考えられる。

嘘紙面

 今朝の朝日新聞、紙面をまるまる1面使って《コロナを生きた3年間》という大見出しの下、この3年間の感染者数、死者数、経済状況などの数値比較をしている。例えば実質GDPは2020年度が527兆円、2022年度が550兆円といった具合だ。 感染者数は2020年が23万6000人余、2022年が2750万6727人。死者数は2020年が3492人、2022年は3万9165人といった数値を示している。 そしてこの2つについては、紙面全体をグラフに見立てて、棒グラフと折れ線グラフで視覚的に理解しやすいようにしてあった。感染者数のピークは第7波の昨年8月24日に22万7416人となっている。グラフの長さでいくと49㎝となっており、もう少しで紙面から飛び出すところ。もちろんピークが紙面から飛び出さないように構成されているので収まっているんだけどね。 死者数については紙面の下の方に折れ線グラフで示してあり、ピークはこの1月に400人を超えていて、3㎝くらいはある。感染者数に比較すると高さは低いけれど、感染の波とともに増減していることが読み取れる。やはり新型コロナウイルス(ワシャは武漢ウイルスと言っているけどね)はいまだに恐ろしい。 そう思って次のページに移ろうとした時、脳裏に「!」と閃いた。 「まてよ~。朝日新聞のやることだからどこかに作為が隠されているのではないか」と思い当たった。  ワシャはさっそく電卓を持ってきて計算を始めた。22万7416人が49センチで400人が3.2㎝(死者数にはご丁寧に100人で8ミリのメモリも付けてある)。パチパチッと弾いてみると、なんと棒グラフと折れ線グラフでは高さに37倍もの差があったのだ。  つまり死者数のグラフをそのままにすれば、感染者数の棒グラフのピークは49㎝×37=1813㎝・・・え、18mも向こうにいってしまうの?俺んちの居間から外にでてしまいまんがな。  逆に感染者数を紙面に収めようとすれば0.87㎜程度にしかならず、ワシャの0.9㎜のシャーペンで書いたら横一線でしか示せない。  記事中には「猛威を振るっている」とか「正念場を迎えている」とか脅しまくっているが、だったら購読者に正直な情報を流せよ。少なくともグラフは嘘をついている。そこは正確に「感染者数については同じレベルで表示できませんので、37分の1にして示してあります」とか書いておけよ。

安祥について

 1月8日の日記「安城松平家発祥の地」

https://warusyawa.hateblo.jp/entry/2023/01/08/102357

に、『歴史人』2月号のタイトル脇の文章《司馬遼太郎いわく“安城”という地は「徳川家にあっては、これはただの地名ではなく、名誉と自負心と忠誠心を象徴する神聖語」であるという。》に触れて、「大乗寺で住職が話をした時に司馬さんの言葉として示された。ここでは『覇王の家』が出典とあるから、昨日から『覇王の家』を確認しているのだが、見つからなかった」と書いた。

 でね、調べたらありました。司馬フリークも大したことはない(反省)。ただ、言い回しが若干違う。

《安祥とは、この稿のはじめのころ、何度か触れたかもしれないが、むろん地名である。三河国碧海郡(あおみごおり)安祥。今は愛知県安城市という。しかしながら徳川家にあっては、これはただの地名ではなく、名誉と自負心と忠誠心を象徴する神聖語というにちかい。》

 これが正確な司馬さんの言葉だ。

 司馬さんが『覇王の家』を執筆されていた頃、安祥城は「安祥」と言われていた。しかしその後、研究が進み現在では「安城城」、「安城譜代」というのが説として支持されている。ワシャは「安祥城」の呼称が好きなのだが、全体の流れなどは「安城」になってきた。

 司馬さんの文章を続けたい。司馬さんは「地理的安祥」と「社会的安祥」に分けてこう言っている。

《その地理的説明をすれば、いまの愛知県は旧分国では西半分が尾張国、東半分が三河国にわかれる。三河は山が多いが、尾張は野である。が、三河でも尾張に接する碧海郡のみは一郡がひろびろとした田園であり、大小の川の水量はゆたかで水田に適し、慶長の検地ではこの郡の米の収穫量が七万八千五石もあった。安祥は、その富裕な水田地帯の首邑である。》

「社会的安祥」については、三河衆の原型を、ジンギスカンに率いられたモンゴル人、清帝国をつくった女真族に求めている。

《家康のこの時期より一世紀前、碧海郡安祥城を松平氏が手に入れたときが、この家の飛躍の時期であったであろう。》

 家康から6代前の信光の時代である。続ける。

《それまでの松平氏は、その家系をいかに潤色――たとえば源氏の流れといったふうに――しようとも、その実質は狩猟・林業民の親方であり、あるいは蛮族の酋長、もしくは剽盗団の首領であったといっていい。》

 でました。司馬さんの三河落としが(笑)。「狩猟・林業民の親方」、「蛮族の酋長」、「剽盗団の首領」って、松平一党はそんなものだと言っている。実は、ワシャもそう思っているんですね。

 これはなにも司馬さんの影響を受けたというわけではなく、三河に住んでいて、子供の頃から徳川発祥の地といわれる「松平郷」や二代泰親が進出した「岩津」、三代信光(家康からいうと6代前)が奪取した「安城」などを見分していると「親方、酋長、首領」などの呼称がよく似合いそうだと思っていた。信光から5代目の七代清康までの間、安城で力をたくわえた松平家は「安城譜代」というモンゴル人のような(笑)偏屈だが純朴で屈強な三河衆に支えられ岡崎に進出する。この時、清康14歳(以下年齢は数え)。

 しかし岡崎に移って10年ほどで清康は家臣にあっけなく殺され、父の死後、息子広忠は三河、伊勢、遠江などを転々として岡崎にもどったのは12歳。広忠もまた24歳という若さで刺客により暗殺される。

 家康はというと、この1年半ほど前に織田方に売られてしまっている。6歳である。8歳の時に人質交換で駿府に移送され、正式に家康が岡崎に戻るのは19歳になってからである。実に13年も岡崎を離れていた。岡崎にもどって8年後には浜松城に移り、駿府城江戸城と東に転出して岡崎には戻っていない。

 家として考えると、モンゴル衆に支えられた安城五代の時代は重みを増すと思うのだが、いかがであろうか。  どうも、司馬作品、徳川家康に関することになると長くなってしまうが、最後に『覇王の家』の巻末にある三河衆についての一文を記して、今日のところは終わっておきたい。

《元来、三河人は閉鎖的な郷土意識がつよく、また離合集散が常のようにしておこなわれるこの戦国にあってまるで鎌倉期の御家人の郎党たちのように主家への忠誠心がつよく、功利性が薄いが、その反面、風通しがわるく、よく結束した集団にありがちな陰湿な影が濃い。この種の姑息さと暗さは、ついには徳川期の政治的体質にまでつながるかのようである》

 徳川期の政治的体質は、よきにつけ悪しきにつけ、その後の近代・現代にいたる政治的体質に大きな影響を与えていると思っている。

丹羽宇一郎以降、企業は終わっている

 今朝の産経新聞。《中国ビザ停止 企業困惑》という記事が笑える。

《中国政府は11日、日本と韓国に対し、前日の渡航ビザ(査証)に続き、第三国へ向かう乗り継ぎの際に必要な一時入国ビザの発給手続きも停止した。》

 どうぞやっておくれやす。どんどん止めておくれやっしゃ。

 問題は、困惑する日本企業のほうである。支那で仕事をする限り、この手のリスクは想定していて当然だろう。今さら困惑してどうする。支那というか中国共産党はなんでもやってくる反社勢力といえる。それらを相手に金儲けをしているんだ。その覚悟がないのなら、そもそも大陸になど出るべきではない。

 77年前、支那にはめられた日本人は、すべての財産を大陸に残したまま、日本列島へと追い立てられた。日本列島に逃げられたものは、まだ幸いだった。多くの日本人が支那人に、ロシヤ兵に殺され暴行され略奪された。

 困惑している企業さんよ、歴史に学べよ、現実をしっかり見ろよ、頭を使って考えろよ。

三河者

 今朝の朝日新聞。1面右側に押し記事の見出しが並んでいるんだけど、そこに「司馬遼太郎 好きな作品は?」とあった。「司馬遼太郎」とあれば食いつきますわなぁ。

 さっそく記事を探して読みましたぞ。

 ふむふむ、司馬遼太郎記念財団が司馬遼太郎の人気作品のアンケート結果を発表したんですね。回答があったのは10~94歳の1567人で、男性が71.4%、40代以上が84%という司馬さんらしい結果となった。

 人気作は「坂の上の雲」(21.8%)、これは鉄板でしょうね。2位が「竜馬がゆく」(15.7%)。3位が「燃えよ剣」(10.9%)だった。

 男性トップが「坂の上の雲」、女性トップが「燃えよ剣」で、その結果も司馬フリークから言わせてもらえば妥当なところだと思う。

 4位以下は「街道をゆく」、「峠」、「花神」、「国盗り物語」、「菜の花の沖」、「関ケ原」、「世に棲む日日」となっている。

 趣味や嗜好がオバサンっぽいと言われているワルシャワとしては、一押しが「燃えよ剣」なんですね。「竜馬がゆく」もいいけれど、主人公の格好良さからいって、土方歳三に軍配が上がる。そしてお雪という儚さをまとった女性の存在が大きい。風呂から素っ裸で飛び出してくるおりょうもおきゃんで格好いいけれど、ワシャ的には断然お雪であります。

 ワシャ的2位は「坂の上の雲」。この物語で近代日本のありようを学んだ。

ワシャ的3位は、三河人をスコンポコンに腐した「覇王の家」ですね(笑)。

尾張からみれば隣の三河は大半が山地で、人よりも猿のほうが多い」

三河馬鹿と尾張衆は三河の農民をあざける」

三河衆はどうにも尾張風の精神の軽快さをもつことができない」

三河衆には毛が何本か足りぬのではないか」

三河衆はいずれも田舎者で、千里の使者がつとまる者が、家康が見わたしたところいない」

三河衆の噂をつくるばあいのあくの強さと空想力の大きさは、ちょっと他国に類がなかった。草深いせいなのであろう」

「築山殿(駿河衆)にせよ徳姫(尾張衆)にしろ、どちらにも共通しているのは三河三河衆をばかにしきっているという点であった」

「遊び下手な三河者」

三河の百姓」

三河の百姓侍めが」

「かれらのみでかたまり、別な場所で協議し、いまやっと自分にその重大情報を明かすということじたい、三河者の信用できないところである」

三河の田舎者」

三河どの(家康)は吝嗇」

「西三河の山岳地帯を故郷とする家康の譜代衆」

三河の固陋一様の一筋」

「山三河の渓流ぞいで魚介を獲って暮らしていた三河者」

「家康自身、新しい事物や現象に頭から警戒し、ときに殻を閉ざしてしまうという点では、彼ら以上の濃厚さで三河者であった」

 スコンポコンでしょ(笑)。だから面白いんですね。

今朝の朝日新聞から

 今朝の朝日新聞1面。

《徴用工賠償「日韓双方の寄付で肩代わり」 韓国側が解決策を最終調整》

https://news.yahoo.co.jp/articles/494949152c0fb4167dde17012fc2a6bc231a5685

 韓国が《日韓双方の寄付などで訴訟の原告への賠償を肩代わりする仕組みを「解決策」とすることで最終調整に入った》んだとさ。

 平成27年の「日韓慰安婦合意」をテメエ達でぶち壊しておきながら、その舌の根も乾かぬうちによくもこんな提案ができたものだ(怒)。

《この仕組みを準備しつつ、日本側に寄付金の拠出や謝罪などの「誠意ある呼応」を求め続ける方針》

「誠意をみせろや!」って、ヤクザがカタギを脅す常套句ですわな。そして「慰安婦」の時にも同様に「誠意」を連呼していた。いい加減に自分らのバカさ加減に気がつけよ。日本側も、何度煮え湯を飲まされたら分かるのか?こんな「解決策」無視をしておけばいい。

 投書欄の「声」右肩に腹が立つ。67歳の教員からの投稿で「ミサイル買うよりシェルターを」だそうな。

 日教組崩れかなぁ。このオッサン、ウクライナの状況をちゃんと見ているのだろうか?左翼連中は、思想の前には何も見えなくなるから、目には入っても脳までつながらないのかも。

 左翼のオッサンは言う。

《日本の軍事費が大幅に増額されようとしている。》

 それはそのとおり。これを受けて後段で《ミサイルを買うことにお金を使うくらいなら、シェルターをつくるのはどうだろうか。》と提案する。

 バカ。

ウクライナには日本よりシェルターがある。ないよりあるほうが良いに決まっている。しかしシェルターがあっても、地上の施設がすべて焼き払われてしまえばどうなるか?ウクライナの現状を見れば一目瞭然であろう。だからウクライナの人々は欧米からミサイルや武器を供与されて必死に戦っているのだ。

シェルターは必要だから造るに越したことはない。だが、反撃能力のミサイルを用意しないでシェルターを造っても、まったく意味がないことをこの左翼は気がつかないのだろうか。シェルターにこもって爆撃から身を守っても、反撃しなければすべて占領されて、東京はブチャになる。そんなことも判んねえのかなぁ。

バカは続ける。

《ミサイルを撃ち込んでも日本国民を殺戮できないという事実のほうが敵国の戦争意欲をくじくのではないか。》

 くじかないって。地上が壊滅して、地下に避難した人がどれだけ生き延びられるのか?破壊しつくされた地上に、昨日までロシヤの監獄にいたような敵国兵が展開してくれば、どういうことになるのか?想像ができないのだろうか。

 敵に東京を破壊させない。敵国兵を東京に展開させないために、ミサイルを配備するのだ。ちっとは頭を使って考えろよ、左翼。