(上から続く)
蕎麦に一筋二筋箸をつけて、これは食えないからと、調理した人の思いも忖度せずに残してしまう。嫌なものは嫌、食べられないものは食べられないとはっきり言うのは欧米人の特性かも知れぬ。しかし、だったらさ、少しだけ小皿に取り分け、試食してみて、
「There is no sort any longer. This food is not appropriate for my mouth. If it is good, could anyone eat?(もうしわけありません。この食品は私の口には合いません。よろしければどなたかたべていただけませんか)」
と言えばいいのさ。そうすれば蕎麦職人が丹精込めて作った極上の蕎麦がごみにならずに済んだものを。
ああ、この人の「菜食主義」も単なる自己満足でしかないのだ。植物にだって命は宿っているという根本的なことを忘れている。動物の命には極端にこだわるが、植物の命にはまったく拘泥していない。しょせんベジタリアンと偉そうに言っていたって「もったいない」という言葉を知らない欧米人でしかないということやね。
ザルに盛られたまま残飯となった蕎麦のかたまりが、鯨油を切り取られ腹を見せているシロナガスクジラの死骸のようだった。
そうそう、昨日の朝日新聞に、東海大学の新田時也先生が捕鯨やイルカ漁に関する卓見を載せている。興味のある方はご覧あれ。