司馬さんの色紙

 もう何年も前のことである。司馬さんの『街道をゆく』に、神田神保町古書店、高山本店のことが書いてあったので、野次馬のワシャは上京した折に早速立ち寄った。その時、店先に1枚の色紙を見つけた。もちろん司馬遼太郎の直筆色紙である。「転害門 春秋長」と記されている。「てがいもん しゅんじゅうちょうず」と読む。
 転害門は東大寺の西面一条大路に向かって開く門のことで、大仏殿の吉祥の位置にあることから害を転ずる門と言われた。
司馬さんは東大寺に行って、天平の遺構である転害門を眺めて、その年月を経た佇まいに老賢者の風格を見た。その素直な感慨が「転害門 春秋長」となったのだと思う。
 この門は別名「景清門」とも呼ばれている。それは能や歌舞伎でおなじみの悪七兵衛景清が隠れたという故事からきているのだが、司馬さん、あるいは能や歌舞伎などの伝統芸能を扱っている高山本店を転害門に見たててこの色紙を認めたのだろうか。
 それにしてもいい色紙だったなぁ……