「そんなぁ」事件簿(2)

 小太りのストーカー侍、ギラリと段平(だんびら)を抜き放つと、やにわに辰五郎へ斬りつけてきた。ところがどっこい辰五郎は敏捷だった。おかねを突き飛ばすと自分も脇に身をかわした。しかし、敵もさるもの引っかくもの、きびすを返すと二の太刀、三の太刀と斬りつけてくる。
「あんた、逃げて!」おかねの悲痛な声が聞こえるが、振り返ったとたに背を割られそうで逃げるに逃げられねえ。
 辰五郎、ついに腹を括った。四太刀目を食らった時に思いきって侍の胸元へ飛び込んだ。辰五郎、素人とはいえおそろしいことをするもんだ。懐に飛びこまれた侍も驚いたのなんのって、下郎が目の前で顔を突き合わせているんだから、これは困った。
 辰五郎、その戸惑いを見逃さなかった。ここは一番勝負どころと、職人の腕力にモノをいわせて侍の腕に食らいついた。虫けらの町人が死中に活を求めたんでやんすね。
 もみ合っているうちについに辰五郎は侍から刀を奪った。侍も負けじと脇差を抜いて再び斬りかかってくる。いくら腕力があったって剣術なんて知らねえ辰五郎、わけもわからず刀を振り回していたら、切っ先が侍をかすめたんでしょうな、その場でストーカー侍はおっちんじまった。
 腰が抜けてその場にへたりこむ辰五郎に、おかねが駆けよって「あんた、傷はないかい」と体をまさぐる。
「くすぐってぇよ」
「このお侍死んじまったんだろうかね」
「手応えがあったから駄目かも知れねぇな」
「あたしらどうなるんだい」
「どうもこうも、取り敢えず自身番に届けなきゃならねえだろうよ」
 正直者の辰五郎はさっそく自身番にことのあらましを報告したのだが、理由はどうあれ人一人、それも侍を殺めているのだから只じゃぁ済まねぇ。そのままお縄になってしまった。
 調べは南町奉行所で進められたんだが、運の悪いことが顕かになっちまった。そのおっちんだストーカー、西丸小十人組の直参旗本だったというから大変だ。これではさすがの名奉行根岸肥前守もどうしようもない。辰五郎への判決は「取り計らうも、これ有るべきに、その儀なく、殺害に及び候始末、不届き至極につき死罪申し付ける」だって。まさに「そんなぁ・・・」ですよね。
 あわれ辰五郎とおかねの中は引き裂かれて、辰五郎、刑場の露と消えたのでございます。その後、悲しみにくれたおかねの消息については杳として知れないのでありました。
 お後がよろしいようで・・・