手術台のことである。当然のこと、ワシャが横たわるベッドがあって、そこには細かい空気の入ったクッション材が敷かれている。ベッドの右側に二段の踏み台があり、それを使ってベッドに上がった。靴下を脱ぎ忘れていたので、ベッドの上でそれを脱ぎ、スリッパの中に入れて踏み台に置く。
横たわると右手側に台があって「ここに右手を伸ばしてください」と指示される。言われるままに腕を伸ばすと肩のあたりに目隠し用のカーテンが閉められる。だからワシャは手術の状況を見られない、というかそもそもビビリィなので見ないけどね(泣)。
先生が入ってきて、簡単な挨拶の後に「手の甲を上にしてください」と言う。ワシャは手をひねって甲を上に向ける。
「麻酔を打ちます。痛いですよ」と笑いながら脅してくる。
ひええええ!
内心はビビッているんだけど、看護婦さんが3人もいる。格好悪い素振りは見せられない。ここは腹をくくって「どんぞ」と言って、しまった~と思った。「どうぞ」と言うつもりが緊張して「どんぞ」になってしまった。
看護婦さんたちのクスクスという笑いが微かに伝わってくる。その和やかな雰囲気がワシャの緊張を和らげてくれる。
「3本打ちますね」と先生。
ひええええ!1本でも泣きそうなのに、3本って、先生、あんまりじゃぁござんせんか。
しかしワシャは平常心を装いながら「どおじょ」と言ってしまう。緊張のあまり唾が枯渇していた。
「チクリ!」が手の甲にきた。
「痛ってえ!」と心の大声。ワシャの身体が硬直する。看護婦さんは「力を入れないでくださいね」と優しく言ってくれる。とはいうものの、ワシャの注射嫌いは筋金入りだ。
「チクリ」「チクリ」、「ギャオー!」「ガチョ~ン!」。
看護婦さんが肩を抑えてくれていたので七転八倒はしなかったが、体中に力が入っていた。
その後、ウイイイイイイインという何かが回転する音が小さく響いてくる。麻酔が効いているので痛みはないが、その機械音が不気味だ。
正確にいえば、手術室に入ってから45分で手術は終わった。右手には包帯が分厚く巻かれていて手術痕がどうなっているのかはまったく判らない。
麻酔と分厚い包帯で右手が動かせなくなった。「靴下が履けね~じゃん」と思っていたら、看護婦さんが「ワルシャワさん、靴下履きましょうね」と言ってくれて、スルスルと履かせてくれたのだった。
「ああ、今日は新品の靴下を履いてきてよかった」
と感動し、こういう優しさが白衣の天使と言われる所以なのだなぁ。
手術スタッフにお礼を言って、手術室から外に出て、手術着から私服に替える。これが時間が掛かる。だって右手が使えないんだもの。
そこで手術着に着替えた先刻の少年とすれ違う。
45分の間にやつれてしまったワシャが「頑張れよ」と声を掛ける。少年はクリッとした目をワシャに向け「平気だよ」と笑って手術室に入っていく。
ううむ、ワシャより人間が練れているのう。
会計をする時に、手術を終えて私服にもどった少年にもう一度会った。
「よお」と声を掛けると、ニコッと笑顔を見せて、母親のほうに駆けていった。先輩は元気だなぁ。
ワシャの右手は麻酔が切れてきたようで、少しズキズキし始めている。