おぬし、なかなかやるのう

 朝日新聞の「be on Saturday」の、今日の1面は映画監督の山田洋次さんである。「12月12日に山田さんをもってくるのか……」と思いつつ、紙面を読むと、山田さんの最新作「母と暮せば」が今日、全国公開だったんですな。ふ〜ん、そうすると、最新作の公開日を12月12日に合せてきた山田さんのほうに執念のようなものを感じた。
 12月12日は、映画ファンなら「ああ、あの日ね!」というぐらい有名な日ですよね。巨匠小津安二郎の誕生日であり、命日でもある。年末の土曜日ということもあるのだろうが、それにしても、ここに重ねてきたか。
 山田さんは、東大を卒業後、助監督として松竹に入社する。そこで小津に会っているのだが、小津は山田さんをほとんど評価しなかった。そういったこともあって、山田さんが小津安二郎を嫌っていたことは、発言や文章の中から多分ににおってくる。巨匠に対して強いアレルギーを持っていた。だから山田さんは小津作品に対し「毎回同じような内容ばかり」「何も起きずつまらない」と批判した。しかし、ご自身も後に「大いなるマンネリ」と言われる「寅さんシリーズ」を創るに至って、小津の評価を変化させていった。まぁ人格的には相変わらず嫌いなのだろうが、作品については高い評価をするようになった。そういった山田さんの複雑な思いも、12月12日という公開日になった要因の中には含まれていると推測をする。
 さて、「be on Saturday」の1面の記事である。冒頭に小津との縁(えにし)のことが書いてあり、中ほどから「寅さん」シリーズの話に移っていく。これで映画ファンの読者は目が離せなくなるわけだ。1面後段は、「寅さん」ファンにはあまりにも有名な大阪天王寺の映画館のエピソードを下敷きにした話でつなぐ。
《夜遅く、寅さんが寝ている部屋に彼女(いしだあゆみ)が忘れ物をとりに来るという、ちょっと色っぽいシーンで、突然、「いてまえ」(やっちまえ)という掛け声が起きた。すると「アホか。こういう時に何もできへんのが、寅のええとこやないか」と声がかかり、場内大爆笑に包まれた。》
 白いソックスを履いた「いしだあゆみ」の足が階段をゆっくりとあがっていく……「寅さん」シリーズに濡れ場はないが、このシーンはもっともきわどいシーンだったなぁ。
 記事はこの後、3面に続くのだが、そこは新作の「母と暮せば」の番組宣伝のようになっている。朝日新聞なので「原爆と平和を伝える映画」とか、左筋の文章も織り込むことを忘れない。興味を引いたのは1面だけだったが、ついつい書き手の策にはまり、最後まで読んでしまった。