水木しげるさんが「健啖家」であったことは有名で、先日の「ひるおび」で呉智英さんもそう言っておられた。健啖家であること、これが長寿の秘訣なのかもしれない。
水木さんが、戦闘で左腕を失った。その治療中に衛生兵にいじめられた。その衛生兵は兵長だったから、二等兵の水木さんからいえば、3階級上の上官ということになる。この人が嫌な奴だったらしく、負傷兵の水木さんに対して「お前は軍隊の居候みたいなものだ」と、片手になってしまった水木さんに食事を与えなかった。水木さんは、人一倍胃がいい。健啖家である。もうどうにもこうにも我慢できなくなって、短剣を抜いて「コロス!」とその兵長を脅かしたのだそうな。兵長は気の小さい男だった。あわてて床下に逃げ込んだ。その間に、水木さんは飯盒の飯を悠々と食っていた。
水木さんはこんな話も書き残している。ラバウル戦線に投入され、そこでも10人ほどの分隊に編成され、最前線に立たされる。最前線である。いつ米軍の上陸が始まるかもしれない。兵隊たちは夜もおちおち眠ってなんかいられない。ところが水木さんはどういう状況に陥っても、食欲と睡眠欲には貪婪だった。最前線においても、毎晩熟睡をする水木さんを、分隊のメンバーは羨ましがっていたそうな。不寝番についても「眠くてどこを見ているのか分からなかった」と回想する。はっきりいって不真面目な兵隊だった。
でも、そのいいかげんさ、おおらかさ、ポジティブさが水木さんを守り、地獄の戦線から生還させたといってもいい。このあたりの話は『カランコロン漂泊記』(小学館)がネタ元となっている。水木さんの飄々とした生き様が、戦場という異常な世界の中で、みごとに描かれている。真面目で生きづらいと思っている人は一度読んでみるといい。