勉強不足

 ワシャは月刊誌の『WiLL』を読んでいる。おっと、「朝日新聞」も毎日読んでいるのでバランスはちょうどいい(笑)。
 その『WiLL』の巻頭で、加地伸行先生が「朝四暮三」という時評を書かれている。これが毎号の楽しみになっている。加地先生の中国古典籍への造詣はとてつもなく深く広い。
 12月号は「淮南子」(えなんじ)の「詮言訓 第十四」(せんげんくん)から引いておられる。
「歌舞而不事為悲麗者、皆無有根心者」(歌舞して悲麗のためにするを事とせざる者は、皆心に根ざす者有る無ければなり)。
「感傷や優美のために歌舞をしない者は、みな心に根ざすものがないからである」との訳が『新釈漢文大系』(明治書院)にはある。
 今回、加地先生は軽佻なシールズとそれをあおる法政大学の「山口某」など安物インテリ陣を大喝されている。加地先生が名前を呼ぶことさえはばかっている「山口某」とは、山口二郎法政大学教授のこと。安倍首相に対し「たたき斬ってやる」と国会前で放言したことを問題にしておられる。
http://togetter.com/li/867713
 この発言ですね。何でも言えばいいというものではない。
 そして先生は、シールズをチンドン屋についていく子供たちになぞらえる。チンドン屋は、もちろん左筋および安物インテリの皆様方のこと。
 先生の文章はわかり易くスッと腹に落ちた。しかし、ワシャの知識の無さから、淮南子の言葉が染み込んでこないのだ。では、ということで、このフレーズの前後を読んでみた。そうしたら少し解ってきた。
「感傷や優美のために歌舞をしない者は、みな心に根ざすものがないから」
「感傷」は「感じて悲しむこと」、「優美」は「上品で美しいこと」。つまり「感じて悲しんだり、本当の美しさのために、モノを言ったり行動しない者には、信念がない」
 つまり「自分ができもしないこと、やりもしないことを放言するものは、信念のない者たち」ということかなぁ。ううむ、もう少し勉強しよう……。