県名変更

《「滋賀」県名変更しては? 認知度低く議会で提案》
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150226-00000002-kyt-l26
 また呆けたことを言っている。こんな質問しか出てこないところに県議会の宿痾がある。「滋賀」を止めて「近江」にしたらどうかとは、どうかしている。廃藩置県後の1873年に滋賀県が成立する。県庁所在地の大津が含まれている滋賀郡から採った。それから150年近くが経過している。県民には滋賀県で定着しているのではないだろうか。
《県によると、民間調査会社の日経リサーチが13年3月に公表した調査結果で、「滋賀」の認知度は全国37位にとどまったが、「近江」は全国88の旧国名中、29位だった。県名や旧国名を聞いて住んでみたいかを「居住意向」としてランク付けした項目でも「滋賀」の34位に対し、「近江」は19位と上位に入った。》
 これが県名変更の理由らしいが、ワシャは歴史好き地理好きだと思っているが、県名は全部言えるけれど、旧国名を全部書き出せといわれても、少し心もとない。この順位差はおそらくそのあたりに根ざしているのではないだろうか。
 愛知県で「但馬」とか「岩代」って言われて、「あああそこね」って特定できる人が何人いるだろう。そこへいくと「近江」は京や奈良に近いし、都と東国の往還であるから、どの時代の歴史にも必ず登場する地名である。歴史ドラマで「近江」という国名を抜いてシナリオを書こうとするのは、おそらく不可能ではないだろうか。
とくに戦国期は織田信長豊臣秀吉などが拠点を築き、近江出身の武士を大量に採用し、その武士が後々まで歴史の上に残っているのだから「近江」という名前は国名として売れているのは当たり前だのクラッカーなのだ。
《「近江」というこのあわあわとした国名を口ずさむだけで、もう私には詩がはじまっているほど、この国が好きである。》
 司馬遼太郎は、超長編の『街道をゆく』の書き出しを「近江」から書き起こしているほどである。それほど有名なので、琵琶湖西岸の狭い地域の「滋賀」引っ込めて、あわあわとした「近江」にしたいという気持ちもわからないではない。
 でもね、逆に考えたらどうだろう。「近江」という地名を歴史に封じ込めたから、明治以降にその地名が穢れることがなくなったのである。現在、近江県と名乗っているならば、近年、発生した事件、事故、不祥事などにすべて「近江県の」と冠されることになる。そうした場合、「近江」が「口ずさむだけであわあわとした詩を感じる地名」となりえるだろうか。
 歴史と現実を切り分けているおかげで救われていることもあるのだと思う。