怒涛の東京(3)

 今回の、ワシャの「遊就館」での歩みは速い。午後4時過ぎには東銀座に行かなければならないからね。それにしてもこの博物館に何度足を運んだことだろう。展示のほとんどを穴が開くほど見つめてきた。だから、今回は「花燃ゆ」関連と、機械関連を中心に据えて見ることにした。
 吉田松陰の書と対面し、次の西南戦争のコーナーに入った頃から、後方が騒がしくなった。ワシャの歩みは速いのだが、しかし、じっくりと見込んでしまうと、そこで足が止まる。そうしているうちに背後から姦しい団体が追いついてきたのだ。
 ハングル語だった。韓国人の団体が大声で喚きながら進んでくる。こういった施設は静かに見学しろよ、そう思うが、最近ワシャも大人になって、口に出すことはしなくなった。曽野綾子が「バカは見ないことにしている」と言われていたので、そのとおりにして、ワシャのほうから避けて先に進む。
 第5展示室では、昭和天皇の御製が展示されてある。
「國のため いのちささげし 人々を まつれる宮は ももとせへたり」
 をじっくりと噛み締める。
 日清、日露、支那事変の展示を過ぎ、1階に降りると大東亜戦争のコーナーが続く。インパール作戦の司令官の牟田口廉也に代表される無責任で卑怯な将官どもは大嫌いだが、たとえば宇垣纏(うがきまとめ)中将の展示などは涙なくしては通過できない。部下を巻き込んだ点は評価の分かれるところではあるが、戦後も自らの言い訳に奔走した牟田口あたりとはまったく別物と言っていい潔さである。
 宇垣中将、責任を全うし、昭和20年8月15日に自ら戦闘機彗星に搭乗し敵艦に特攻す。
 そこを過ぎたくらいで、もう少し先まで進んでいたかもしれないが、また後続の団体の馬鹿笑いが聴こえる。振り返ると「旭日旗」の前で3人の女が笑っている。これにはさすがに我慢ならなかった。つい舌打ちがでてしまう。隣で展示を見ていた紳士と目が合った。紳士は「どうしようもないですよね」と言った感じで笑いを浮かべた。
 その紳士とうなずき合うことで怒りが沈静されたのだった。