大相撲の明日

 昨日は午後から掃除をしていた。とくに窓を重点的にきれいにしましたぞ。居間の周辺は4時過ぎにするようにスケジュールを組んだ。だって掃除をしながら大相撲を観なければならないんでね。

 大砂嵐は7連勝、強いねぇ。今日は遠藤との取組らしいから、これは目が離せない。そうそう遠藤も関脇の琴欧州をあっさりとはたき込んで3連勝とした。ううむ、未だ髷が結えていないけれど、すでに大物の風格すら漂っている。
 今場所応援をしている千代丸は、豊響にあっさりと押し出されて負けてしまった。お〜い、もう少し楽しませてくれ〜。ベテランの旭天鵬もいけない。碧山にいいところなくこれも押し出された。ワシャが観ているとダメなのかなぁ。
 取組が終盤になり、大関横綱が登場する。それにしても横綱日馬富士の相撲は最悪だ。平幕の高安に対してバタバタの相撲を見せる。まるでモンゴル相撲だ。内掛けをしたり、横っ面に張り手を繰り出したり、なにをやっているのやら。結局、高安を西土俵に追い詰めて寄り切った、まではいい。ここで止めておけば、バタバタの相撲だけで済んだのだが、日馬鹿富士、高安が土俵を割っているにも関わらず、その後に止めの一撃を食らわせる。このために高安は溜まりをこえて、砂かぶり席の中ほどまで突っ込んでしまった。
 名力士と呼ばれる相撲取りは、相手が土俵を割った瞬間に、腰を落として力を抜き、相手が土俵から落ちないように支えるくらいのことはやってのける。それが惻隠の情というものである。勝って驕らない、それが格好いいのである。
 バカ青龍も日馬富士も、そのあたりの美学を、悲しいかなまったく理解していない。だから相撲に品がないのである。こんな詰まらない相撲をする横綱はいらない。
 
 上記の二人とは比較にならない名横綱がいた。貴乃花武蔵丸である。この二人には忘れられない一番がある。
 平成13年夏場所の千秋楽。14日目に横綱貴乃花は右ひざの半月板を損傷して、自力で歩けないくらいひどかった。誰もが休場すると思っていたのだが、優勝がかかっていたし、それ以上に横綱としての責任があったのだろう。貴乃花、怪我をおして土俵に立った。
 千秋楽の本割の相手は巨漢の横綱武蔵丸である。本割はよほど右ひざの具合が悪いのか、足を引きずっている。そのためだと思うが、あっさりと貴乃花は突き落としで負けてしまう。これで貴乃花13勝2敗、武蔵丸13勝2敗の相星となった。決定戦である。
 実は、今、この決定戦の一番を再生して観ている。
 ううむ、貴乃花の右ひざには大きくテーピングがほどこされ、痛々しいなぁ。それでも仕切りは淡々とすすみ、軍配がかえった。
 立ち合い、貴乃花の踏み込みが一瞬早い。三つ足を前に送り、西土俵に武蔵丸を追い込んだ。貴乃花の強烈なのど輪で武蔵丸がのけ反る。貴乃花の痛めた右足に武蔵丸の巨体の重量がかかっている。貴乃花、そんなことにはお構いなしに、続けざまに張り手を繰り出す。張り手の応酬に武蔵丸の上体が伸びた。その一瞬を逃さず左上手を差す。しかし武蔵丸横綱である。体勢を入れ替えて、正面土俵まで貴乃花を押し戻し、その後、一進一退があって土俵中央でがっぷり四つになった。背中は武蔵丸、大きな武蔵丸に隠れてしまって貴乃花は差し手しか見えない。しかし、この差し手が曲者で、大きな武蔵丸を右へ左へと揺さぶる。その次の瞬間、負傷した右足を軸にして左からの豪快な上手投げが決まった。武蔵丸の巨体は土俵の上に転がった。
 勝った瞬間の貴乃花の表情がレジェンドになっている。今、モニターには貴乃花の横顔が、カメラのフラッシュに青白く浮かび上がっている。まさに鬼の顔と言っていい。これほど鬼気迫る形相を久しぶりに見た。この土俵に賭けた勝負師の執念のようなものを感じた。
 勝ち名乗りを受けるために貴乃花は東土俵に行って、土俵中央に向き直った時には、おだやかな、う〜ん、どちらかというと、悲しげな静かな面差しとでもいうのだろうか、そんな顔になっている。束の間に貴乃花の中でどんな変化が起こったのだろう。わずか1〜2秒の間に、勝負師は仏になっていた。
 苦戦させられると、勝ち名乗りを受け、土俵を降りた後も、怒りが体中から吹き出しているような、バカ青龍や日馬富士とは覚悟が違う。
 ワシャは、この一番を平成の名勝負だと思っている。だから映像も持っているわけなのだが、この勝負のことを相撲解説者の舞の海秀平さんはこう分析する。
「この取組は、貴乃花もよかったが、武蔵丸の心技体の品格を感じた」
 そもそも、貴乃花は足を痛めているのである。おそらくバカや日馬は敵のウイークポイントを攻めるのになんの躊躇もしないだろう。でなければ土俵を割っている下位力士をさらに突き放すなんてことはできない。ここからは舞の海さんの文章を引く。
《もしも武蔵丸が本気で取り組んでいたら、》
 これは「右ひざを攻めていたら」ということですね。
貴乃花は再起不能になっていたかもしれません。しかし、武蔵丸貴乃花の相撲生命をつぶしてまで勝つことを選びませんでした。選んだのは、けがを攻めない取り組み、名誉でした。精神的にハンデを自らに課して闘った武蔵丸の姿勢、これが横綱の品格といえるものでしょう。》
 現在の大相撲をつまらなくしている要因に「横綱に品格がない」が間違いなくあげられる。白鵬日馬富士も、このことを心に深く刻み込め。心技体の一番最初が「心」であることを自覚せよ。