錦秋名古屋顔見世夜之部

 昨日の東海地方は午後から台風一過の快晴になった。ワシャは週の始めから沖縄近海で27号が停滞していたことと、方向を変えても日本列島の南の海上を進むと見ていたので、さほどあわてなかった。だから前々から予定していた木曜日の宴も中止しなかったし、金曜日の出張はさっさと出かけたし、土曜日は槍が降っても歌舞伎に行くつもりだった。そのどれもが風雨にたたられなかった。
 台風が去って、ようやく秋めいてきた……といってもまもなく霜月なのだけれど。

 さて、昨日の「名古屋顔見世」である。昼の部については10月17日の日記
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/20131017/
福助の批判を書いた。「そりゃなかろうぜ成駒屋」ってね。
 昼の部の「鷺娘」「与話情浮名横櫛」が今一つ怠惰な緩慢な動きに見えた。おんなことで今回も期待せずに夜の部の「於染久松色読販売」(おそめひさまつうきなのよみうり)いわゆる「お染七役」である。
 この作品の本は浄瑠璃の「お染久松物」と呼ばれる系統のもので、それを四世鶴屋南北が手直しをして、一人の俳優が七役を早替わり見せるという外連味のある趣向にしたのである。
 ここで福助が頑張った。裏方もよくやった。

油屋の娘 お染
油屋の丁稚 久松
奥女中 竹川
芸者 小糸
土手のお六
久松の許娘のお光
後家の貞昌

 この七人にくるくると早替わりを見せる。ときには影武者とともに同時に舞台に出て、お染になったり久松になったりと目まぐるしい。それが大きな見どころとなっている。
 ここでの福助はまさに大車輪のような活躍で、土手のお六の啖呵もよかったし、楚々としたお染、大立ち回りを演じる久松、気狂いのお光などが見事に演じ分けられている。奮闘する福助を観ていると、なるほど歌右衛門もありだな……とそう思う。きっと鷺娘の怠惰な踊りは、夜の部のための体力を温存する者だったのだと好意的に考えることにする。
 さて、その「お染久松」の劇中において「口上」があった。第二場の橋本座敷の場で、不良侍の弥忠太が芸者の小糸に言い寄る場面である。
 ここで演技がバタリと止まる。小糸は福助にもどり、弥忠太は中村橋吾(はしご)という一役者にかえった。両者とも座敷に手をついてが福助が橋吾の名題昇進を報告した。こういうのが挟まるのもいいよね。とても歌舞伎に奥行きができる。
「一段高い席ではございますが、今後とも皆々様のご贔屓に寄りまして、橋吾をよろしくお願い申し上げ奉ります」
 二人が深々と頭を下げて、拍手が鳴り終ると、また突然、演技が始まるのである。この「口上」の挟み込みが役者と客の距離を縮めるわけだ。
 大詰でも、土手のお六が大立ち回りをして、最後に舞台中央に正座をして「本日はこれにて打ち止めにございまする」とフィナーレを宣言する。その背後では、打ち掛かってきた番傘船頭どもが、「なりこまや」と書かれた傘を開いて回転をさせるという趣向つきである。紛失した刀はどこへ?その折紙は誰の手に?殺された喜兵衛はどうなった?お六は、お染久松を助けなくっちゃ……物語は、なにも決着をみているわけではないが、福助扮するお六が「終りで〜す」と言っているから尾張名古屋で終りなのだ。このいい加減さが歌舞伎の良さなのである。
 昼の部は不満があったが、夜の部は堪能した。
 一つ心配なのは、客の入りである。ワシャらの2階の2等席、3等席は満席である。なにしろ6列250席のリーズナブルな席は人気だ。ただ1階の特別席、1等席に空席が目立った。花道下手の特別席など、2列まるまる空席となっている。売れていないのだったら、当日券で安く売ってしまえばいいのに。顧客の確保にもつながるし、興行側の収入にもなる。今後、柔軟な見せ方が必要となってくると思いますぞ。

 歌舞伎の後は、金山近辺でお食事会。ワシャは市民会館前の「札幌かに本家」を主張したのだが、皆さんの合意でその隣のビルの地下にある居酒屋と決まった。でもね、安かろうまずかろうのチェーン店かと思いきや、なかなか美味しメニューが揃っている。とくに「いかの雲丹和え」が抜群に巧かった。これを松竹梅の熱燗でいただくと「日本人に生まれてよかった!」と叫びたくなりますぞ。

 その席で話題になったのが、劇中口上披露をした中村橋吾のことだった。橋吾、中村橋之助の部屋子である。「名題昇進とあるけどどういうこと」と訊かれた。
 それはね、歌舞伎役者には序列があって、大きく分ければ「名題」と「名題下」ということになる。この違いが待遇に差になって、看板に名前が出るかどうかという重大な差にもなる。橋吾も福助橋之助などとならんで市民会館の玄関に名前を連ねていた。よかったよかった。
「歌舞伎俳優の階級って今一つよくわからない」
 それは大相撲で考えてみれば判りやすいと思う。名題下が幕下以下と考えればいい。橋吾のように名題に昇進すること、相撲でいれば十両入りということだろう。梨園の御曹司たちが幕内力士だね。福助歌右衛門襲名が迫っているので、まもなく大関になる関脇と言ったところか。橋之助は小結、弥十郎は幕内の上位といったところ。
 横綱級は、その多くがここ数年でばたばたと倒れてしまった。唯一残っているのが玉三郎くらいかなぁ。幸四郎も馬から落ちたそうだから、くれぐれもこれ以上、幕内以上の役者が減らないように祈るばかりである。
 そんなことを考えて金山の夜を歩いていると、酒好きの名題亀蔵丈が通り過ぎていったような……。