遅ればせながらの映画評

 花粉がひどくて家を出られない。だから、DVDを借りてきて空気清浄器のがんがんに効いた部屋で何作かを観る。
 その中に、コミックの「るろうに剣心」の実写版があった。今さらという気がしないでもないけれど、映画館で観る気がしなかったから仕方がない。
http://wwws.warnerbros.co.jp/rurouni-kenshin/index.html
 この中に元新選組の人斬り斎藤一が登場する。江口洋介が演じているが少し違う。なんていうのかなぁ、人斬りのもっている凄みとでもいうのか、心を凍らせるような怜悧さとでもいうのか、それが江口洋介には欠けている。要するにいい人に見えてしまうというわけ。むしろ敵役の吉川晃司がいい演技を見せていた。血を欲する不気味な人斬り役で、剣心との撃剣は吉川が一番の見せ場になった。
 剣心は、コミックの剣心によく似ているという評判だったが、コミックを真面目に読んでいないので、そんなものかなぁと思って観ていた。それにしても、佐藤健演じる剣心は剣客ではなかった。剣を極めたものが、あんな風にバタバタとは歩かない。すり足で素早く歩を進めるものだ。監督は「竜馬伝」の大友啓史さんだが、そもそも剣客、暗殺者を知らないのだろう。
 ワルシャワだって知らねえじゃないか、という声が挙がりそうですが、もちろんワシャも剣客も人斬りも会ったことはない。ただ、文献から知るのみなので、耳学問、活字学問である。しかし、そこから得られた剣客像で考えると、いくらコミックのキャラクターに似ていようが、佐藤健くんではない。やはり三船敏郎市川雷蔵藤田まこと渡辺謙などがいい。剣客というのは幾層にも地獄が織りたたまれ、その上に冷徹な人斬り稼業が成立するものであって、23歳の何の苦労もしらない善良な若者然とした佐藤くんでは無理がある。はっきり言えば目ができていない。

 新選組の人斬り永倉新八の晩年のエピソードが、池波正太郎の『戦国と幕末』(角川文庫)の中に収められている。エピソードはこうだ。
 北海道の小樽に隠棲した永倉は喜寿を迎えようとしていた。ある時、永倉は孫とともに繁華街に出て、地廻り数人に因縁をつけられた。腰を低くして謝っても許されず、永倉はやむを得ず突いていたステッキを正眼に構えたという。大正時代の76歳である。大翁と言っていい。老いさらばえたジジイがステッキを構えたとて、何ほどのことがあろうか。
 しかし、地廻りは永倉に手が出せなかった。何百という修羅場を潜り抜けてきた永倉の本物の気迫を恐れたのである。
 この気迫、これが佐藤剣心にはなかった。それが惜しまれる。続編を期待したい。