お金の礼儀作法

 ワシャは「e−hon」で本を購入する。今でも、数冊が注文に入っている。そしてその本は自宅には配送されず、JR駅前の旧市街地にある老舗の本屋に送ってもらえるようにしてある。
 いちいち書店まで取りに行くのが面倒じゃないかって?いえいえ、ワシャは大量の本の中に身を置くことが好きですし、運動にもなり、パッケージは本屋さんで処分してくれるから、ゴミがでないというメリットがあってそうしているんですね。

 この、老舗の本屋がなかなかモノがいい。とくに奥さんの対応が抜群だ。何冊か本を購入して1万円札を出す。そうするとたまに2〜3枚の千円札が返ってくるときがある。その際に、奥さんはレジスターの中の千円札を吟味して、なるべくきれいな紙幣を選ぶ。向きを合わせ、角を整えて、それからお釣りをくれる。
 いつでもそうだ。若い従業員は上から順番に札を取って渡すだけなのだが、奥さんの対応は丁寧で一味違う。

 朝日新聞の「声」の欄の、年末と今日の投書にいいのがあった。
《汚れたお金を渡さない》(12月29日)と、それを受けた《「お金は商品」、その通り》(1月9日)である。
 年末のほうは、コンビニエンスストアの経営者の方だった。お客が差し出す汚れた紙幣はありがたく頂戴するが、そういった紙幣は銀行で交換して、お客にはきれいな紙幣を返しているという。44歳という若い経営者だが、こういった人にはぜひ事業で成功してほしいものである。
 今日の投書は、元郵便局員の思い出話だった。若い頃に、窓口でお札の渡し方をお客に注意され、それ以来、退職するまで、お札の向き、裏表、渡す際の礼儀作法に注意してきたのだそうだ。
 こういった細かい気配りができる人が増えてくれば、社会はずいぶんと和らいだものになるのではないか。

 でも、こんなのもいる。
 会社でのこと。営業に出ていて後輩が不在だったときに、飲み会かなにかの集金があって、5000円ばかり立て替えたことがあった。後輩が戻ってきて恐縮しながら、財布から千円札の束を取り出し、その中から4枚を数え、それを机に置く。残りの千円札の束はポケットに戻し、おもむろに小銭入れを出すと500円玉と100円玉を机上に並べた。
「小銭が重いもんですから」
 後輩はそう言って、札と小銭を合わせて5000円分、ワシャの机の上に残して自席に戻って行った。
 彼は優秀な男なのだが、なぜか同期に比べて出世が大きく遅れている。なぜだろう。