二十歳の原点

 生半可な忙しさではない。仕事は通年の中でもっとも大変な時期に差し掛かっている。それに加えて勉強をしなければならないことが山積みだ。読まなければいけない本はたまる一方で手当たり次第に読んではいるが、増える数のほうが多いからどうしようもない。ギャー!
 
 そうだ、こんなときは全てをうっちゃって、美術館にでも行こう。おおお!「サウンドオブミュージック」の「私のお気に入り」が流れできましたぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=EQzutm7UMt4
 というわけで、友だちにもらったチケットがあるので、碧南市藤井達吉現代美術館に行く。
http://www.city.hekinan.aichi.jp/tatsukichimuseum/temporary/20genten.html
 今回の展示会のタイトルは、「二十歳の原点」という。
 明治から平成のそれぞれの時代で生きた画家たちを「二十歳の頃」という条件で一堂に並べたものである。
 ワシャは、基本的に成熟したものに魅かれる。だから絵画でも若い頃のものより、晩年の作に心が囚われてしまう。完成された落ち着きの中にある控えめな主張とでもいうのだろうか、人生経験に裏打ちされたきめの細かさというのか……。それは女性にもいえることなんだけど。
 ギラギラとした粗さの目立つ主張、若さのみなぎりは、ワシャには少し刺激が強いのかもしれない。
 でもね、いい作品もあった。例えば、安井曾太郎17歳の作品「粟田口風景」である。若き安いが捉えたのは、京都七口の一つ、三条大橋から東へ向かう知恩院の北あたりだろうか。
http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/calendar/2003-2004/collect_2-2003.html
 画面は道の風景である。粟田口ということは道は東海道で、明治38年ころはまだ未舗装だった。画面の右手前から左手奥にむかって石積み続いている。その上に楠だろうか、巨木がその枝を街道に差し掛けて、黒々とした影を落としている。葉の照り返しと、その影によって、日差しの強さがうかがわれる。石積みの先に茶店があり、緋毛氈を敷いた縁台に客が一人寛いでいる。店先に立てかけられた幟が揺れ始めた。どうやら風が出てきたようだ。
 中村彜(つね)の自画像もよかった。ギラギラとした強烈な若さというよりも、若さゆえにまとわりついてくる嫌悪というか苦悩のようなものが、底なしの洞窟のような目に凝縮されいる。その暗い穴に、己の20歳前後の迷い、想いが映し出されているような錯覚に陥る。束の間、この絵の前で金縛りにあってしまった。
 石田徹也の「飛べなくなった人」も面白い。以前から気になっていた作家だった。静岡とか浜松で展示会があったのだが、忙しさに紛れて行くことが叶わなかった。
 石田のモチーフは、モノと青年(石田自身とも言われている)を合体させ、日常生活への不安や懐疑などを描いている。全体として作品は暗く憂鬱だ。しかし、なぜか「そうだよな」と頷けるところもあって、目が離せない作品が多い。今回の出展は、石田作品の中でも初期の穏やかな作品群であり、そういった意味からいえば少しもの足りないが、原画に出会えたのはうれしい。
 また、野村昭嘉の「雲の製造Ⅰ・Ⅱ」もよかった。
http://www2.odn.ne.jp/tuyu/gorin/shuhen-nomura.htm
アクリルで淡い印象を作り出している。不思議な作品で、やはり目が離せなくなる作品だった。

 今回は54作家が展示されている。絵とともに作家の享年が記してあったのだが、それが興味深かった。
 上記で紹介した石田徹也は31歳の時に踏切事故で亡くなっている。野村は26歳の時に、バランスを崩した100トンの杭打機に直撃され死んだ。その他にも、青木繁が28歳、田中恭吉が23歳、村山槐多が22歳、関根正二が20歳、藤巻義夫が24歳と夭折する画家が多かった。
 冒頭、若さのみなぎりというようなことを述べたが、夭折した画家たちにとっては、この若い作品群が彼らの人生を賭けた全てなのである。そう思って見直せば、なかなかの力作ぞろいで、有意義な2時間となった。

 美術館を出て、大浜寺町界隈を散策しようと思ったのだが、あまりの暑さにそのまま家に帰ってしまったのだった。また、季節がよくなったら大浜寺町を散歩しよう。