国難のリーダー像 その1

 国難である。こういった非常時にサヨクでは国がもたない。なぜか、左翼は国を愛していないからね。それにサヨクは己の利益しか考えていない。そんなことないって?バカをお言いではないわさ。歴史を見てごらん。サヨクイデオロギーの染め上げられた権力者の末路がそのことを証明しているでしょ。

 コラムニストの勝谷誠彦さんが興味深いことを言われた。
《ある人びとは今回の大災厄を「きっかけ」にしたのではないか。心が折れたのは被災地の人びとだけではないのだ。》
 勝谷さんは、このところの景気の沈降を見てそう分析する。
《なんとか自助努力で歯を食いしばって頑張ってきたあまたの人びとが「もうこれまでだ」と国難をひとつの理由にして生業の店じまいをしたのではないだろうか。》
 この国難である。にも関わらず、こんなことを言われても、その地位に恋々とすることしか能のないリーダーが立っている。
 12日の首相官邸記者会見でのこと。記者から鋭い質問が飛んだ。
「先ほど総理は辞任をする選択肢はあるのかという質問に答えなかったが、現実問題として、与野党協議にしても最大の障害になっているのが総理の存在であり」
 この記者は偉い!よくぞそこまで言った。
「後手後手に回った震災対応でも、総理の存在自体が国民にとっての不安材料になっている」
 これはなかなか言えないことですぞ。とくに記者クラブのぬるま湯に浸かっていては言えないセリフだ。この記者の名前を知りたい。
「いったい何のためにその地位にしがみついているのか、考えを聞かせて欲しい」
 拍手!
 あなた言うとおり。最大の障害が総理の存在、総理の存在が国民の不安材料なのだ。
 こんなサヨク総理がその地位にしがみついている状況を見れば、いままで必死に頑張ってきた真面目な人びとは「もうお終いだ」と思ってしまう。菅のしょぼくれた顔では日本の復興を期待しろというほうが無理だろう。
(下に続く)