無音の風景

 午前2時30分に目が覚めた。草木も眠る丑三つ時である。せっかく目が覚めたので、枕元に積んである読みかけの本を取って、寝ころんだまま読み始めた。結局、午前5時過ぎまで読み続け、読了した。
 浅田次郎『終わらざる夏』(集英社)である。千島列島最果ての占守島の最後の戦闘に関わる人々の群像劇は、ラストにむけて見事なまでの収斂を見せてくれる。
人と人が出会い、人と人が別れていく。ドラマ終盤に差し掛かり、そのどれもが感動的で、どの人間模様も遠くで眺める花火のように、静かだが鮮やかに終息を迎える。思わず声を上げて泣いてしまった。

 巧いと思ったのは、クライマックスの戦闘シーンである。報告書の形式をとりつつ、占守の激戦が淡々と描かれてゆく。これが浅田次郎の筆力なのだろう。まるで無声映画を見るように脳裏に無音の風景が再現されていく。
 登場人物もそれぞれが個性的で活き活きと描かれている。とくに伝説の兵士「鬼熊」こと富永熊男の強さには憧れる。終盤に入ってから突然登場してくるヤクザの岩井萬助の頼もしさもいい。岸上等兵ぶっきら棒な優しさにもぐっとくる。
 軍人も吉江少佐、大屋准尉、中村伍長など、それぞれが階級・立場ごと個性的に描かき分けられ、それぞれの役割をきっちりと務めている。
 女性たちの色合もいい。
 主人公の片岡直哉の妻である久子の張り詰めたような生き様、教師の浅井マキ子の毅然とした優しさもいい。吉岡静代の健気な強さも涙を誘う。女子挺身隊の夏子とキクの友情も見逃せない。そして鬼熊の母の存在が重い。ヤクザな息子の安否を気遣って、毎日、盛岡八幡にお百度を踏む母の姿には……。
 さすが名手浅田次郎、脱帽です。
 また一つ、浅田文学に名作が加わった。この作品をタイムリーに読むことができて幸いだった。