忠臣蔵と四谷怪談 その2

(上から続く)
 惜しむらくは、「雑司ヶ谷四谷町伊右衛門浪宅の場」で変身を遂げるお岩をもっとじっくりと見せてほしかった。笑三郎お岩はあっさりと変身し、鼈甲の櫛で髪をくしけずるシーンもなかった。「四谷怪談」の中でも屈指の名シーンをけずって欲しくはなかった。
 それに原作のクライマックスである「蛇山庵室の場」はカットされている。だから、かわいいカボチャの変身や、提灯抜け、仏壇返しなどが見られない。その代わりに猿之助が用意したのは「高家奥庭泉水の場」である。塩冶浪人(赤穂浪士)たちが高師直邸で師直の家臣と斬りあう場面で、この時の主人公の小林平八郎を、実は民谷伊右衛門にして、塩谷の家来の佐藤与茂七と対決させている。
 このシーンにお岩さんが空中から現れるのね。
 剣の使い手の伊右衛門にあっさりと与茂七は池の中に叩き込まれてしまう。その不利を庇うべく宙を漂うお岩さんが、妖力を使って伊右衛門を戒める。その間隙を突いて与茂七は大悪人の伊右衛門に止めを刺すのだった。
 師直邸(吉良邸)討ち入りは師走14日である。前日からの大雪で庭一面真っ白であり、今も雪が降っている。「雪は降る〜あなたは来ない〜〜♪」という状況なのだ。そこへ、夏に死んだお岩さんが一重の着物をまとって化けて出てきてもねぇ。そもそもお岩さんは夏の幽霊で、むしむしとした湿度の高い夜こそが相応しい。雪の空に舞うお岩さんは、吉本新喜劇で空中を行くミスターオクレかと思いましたぞ。
 それでもね、そんな疑問もすべてふっとばすほどのエネルギーが大詰の「東海道明神ケ嶽大滝の場」にはあった。滝の書き割りが払われると、舞台の奥からどうどうと本水が舞台の手前に流れ落ちている。舞台一面が滝壷になってしまった。その中を新田鬼龍丸の右近や斧定九郎の春猿、そして捕手に扮した若手が大はしゃぎで掛け回る。もうみんなびしょびしょである。いやー3時間があっという間だった。舞台の迫力が少しばかりの物語の齟齬をかき消してしまった。
 欲を言えば、ワシャの前に座ったオバさんが、わざわざ髪をアップにしてこなければもっと堪能できたと思う。劇場に来るのになんでそんなでかい頭をつくって来るのさ。信じられまへんで。
 そんなこんなもない交ぜにして、やっぱりライブはいい、心からそう思いましたぞ。