突然のプララからの電話との闘い

 昨日、日曜日だというのに仕事をしていた。おかげで楽しみにしていた荘子の塾にいけなかった。あらかた仕事を片付けて、夕方から、大相撲の千秋楽を見ながら、独り寂しくチビチビとやっていた。
 普段、めったに鳴らない固定電話が『サザエさん』の途中で掛かってきた。なんだろうと思って出てみると、インターネットプロバイダのプララからだ。用件は、「フレッツ・ADSL」という古〜い契約から、最新の「フレッツ光」に契約変更しませんか、という案内だった。
 ワシャは、今でも「SOTEC」のごついデスクトップに「ウインドウズ98」を使ってネットをやっている。でもね、写真とか映像を見るわけでもないので、充分、間に合っているのだが、そろそろ「フレッツ光」にしようかなとも思っていた。だから、酒を呑むのを止めて、『サザエさん』を見るのを中断して担当の人の話を聴いた。
 設置工事費がどうの、電話料金がこうの、毎月の通信料金がいくらだの、と説明してくれたのだが、こっちは酔っているのでよくわからない。でも、取り敢えず切り換えに費用はかからないようだし、電話料金も安くなるようなので契約変更をすることにした。
 それでね、電話で話を聴いていてもちっとも解らないので、
「文書でください」
 とお願いした。
「後日、文書でお送りします」
 とのことなので、めでたしめでたし、とあいなった。
 ところが、最後に担当の人がこういった。
「これで私の電話は終了いたしますが、契約内容の再確認させていただくために、もう一度、上司からお電話を入れさせていただきます」
「いや、いいですよ、面倒ですから。あなたの電話で了解しましたので、あとは文書で送ってもらえればいいです」
「いえ、私の説明に間違いがあるといけませんので、すぐに上司のほうから電話を入れさせていただき、今、私が説明しましたことをもう一度、上司から説明させていただきます」
「いいですよ、今までの説明も酔ってますから覚えていません。もう一度、説明してもらっても、前のを覚えていないんだから確認のしようがない。無意味ですから、文書を送ってくれればいいですよ」
「いえいえ、確認をさせていただくルールになっておりますので……」
「それはおたくの都合だよね。夜分に突然電話を掛けてきて、もうすでに15分くらいあなたの用件で話をしている。で、ボクは、あなたの話に了解をして、契約変更をさせてもらうという話にした。それでいいんじゃないの。あとであなたはわたし宛に契約書だか説明書だか知らないけれど、それを送付する。わたしはそれを読んで納得をする。その後にNTTが来て工事をする。それでめでたしめでたし、あなたは契約が1本更新できて、わたしは通信の環境がよくなる。ということでいいんじゃないの?しかし、あなたは社のルールだからと言って、家で『サザエさん』を見て団欒しているわたしに対して、もう一度、同じ説明を3分か5分かは知らないが、1週間楽しみにしていた『サザエさん』を見るのを中止して、同じ説明を聴けとおっしゃる。これはかなり身勝手な話だよね。私の要望がきいてもらえないのなら、申し訳ないけれどこの話はなかったことにしてください」
 電話のむこうの担当は、言葉使いもよく、やさしい話し方をする若者だった。明らかに「マンションへの投資話」や「いかがわしい耐震診断」などの電話をしてくる上辺だけクソ丁寧だが敬語の使い方を知らない無教養な連中とは違っていた。だから、契約をしようと思ったのだが、残念ながら、最後のところでマニュアルから離れられないところに落とし穴があったんだね。
 交渉というものは、バランス綱引きのようなものだ。客が何を望んでいるのか、何を嫌がっているのか、瞬時に察知して、力を入れたり、力を抜いたりして、相手の気持ちを自分のほうに引き寄せてこなければならない。交渉の目的は、2度、契約変更の話を顧客に聴かせることではなく、契約変更をさせることだろう。脇に上司がいる気配があったから、だったらすぐに相談して対応を変更することが肝要だ。
「わかりました。それでは、再度の確認は省略させていただきます。その代わりに文書をお送りしますのでそちらでご確認ください」
 これだけのことじゃないか。感じのいい若者だったので、契約できなかったことが惜しまれてならない。

 無敗の雀鬼桜井章一さんの著書『「育てない」から上手くいく』(講談社)にこんなことを言っている。
《社会全体が便利と効率のよさを求めるマニュアル思考や定型といったものをありがたがるようになった》
 だから、上手くいかない。
《案外、世の中の考えはいい加減なものだ》
 ということを理解して、よい加減に動けばいい結果につながるんではないでしょうか。
 マニュアルから逸脱できなかった担当は契約更新を1本逃してしまった。
 ワシャはといえば、結局、プララからの電話に20分くらい付き合わされ、楽しみにしていた『サザエさん』は見ることができなかった。でも、おかげで日記が1本書けてしまったのでラッキーといえばラッキーだった。
 人生、ものは考えようですな。

 そうそう、今、午前6時を少し回ったところなんですが、ワシャは電気ストーブをつけてパソコンに向っているんですな。地球が寒冷化しているようですぞ。