コミックよりも救いようがない

 貧しいが平和に暮らしていた村に突如、軍隊が侵攻してくる。進駐軍の司令官はこう住民に布告する。
「今日よりこの村は拳王様の支配下に入る!きさまたちみずから拳王様に忠誠を誓ってみせい!!」
 進駐軍は、村人に忠誠の証しとして、自ら焼印をつけることを強制する。勇気のある村人が、この言に逆らうと、灼熱の鉄板の上に乗せられて、「死のダンス」を踊らされ、焼け死ぬ。このありさまを他の村人に見せて、司令官は続ける。
「諸君!わたしは少しも強制しない!忠誠はみずからの意思で誓わねばな!!」
 いたぶられて血だらけになった長老が嘆息して言う。
「地獄じゃ!なぜ神は弱者には自由を与えてくれぬのか」

 これは人気コミックの『北斗の拳』のマミヤの村のエピソードである。

 中国から漏れてくるチベットの圧政やウイグルの弾圧のニュースを耳にするたびに、どうしてもこのシーンを思い出してしまう。コミックではケンシロウという北斗神拳の達人がどこからともなく現れる。そして弾圧する者どもを徹底的に退治し、村人たちを解放してめでたしめでたしとなるのだが、現実はそう単純にはいかない。
 進駐軍の司令官は、「びでぶ!」と言わずにこう言うだろう。
「ここは拳王様の領土である。これは治安出動であり内政問題だ。モンテビデオ条約第8条によって守られている我国の権利を干犯してはならない。よって我国の国民ではないケンシロウはここから立ち去ってもらおう」
 そう言われてはケンシロウもすごすごと退散するしかない。ケンシロウが消えた後、マミヤは野獣兵に輪姦され、リンは鉄板で焼き殺され、逆らう村人は惨殺され、焼印をつけられた連中は奴隷にされたんだとさ。

 これでいいのだろうか。『北斗の拳』に登場する独裁者や絶対君主は、現実に21世紀のこの時代にも存在する。その圧政下に善良な人々が泣いている。これでいいのだろうか。