新選組をつくった男 その2

(上から続く)
 確かに新選組という集団の中で、土方はやや損な役回りであったことは事実だろう。朴訥で生真面目なリーダー近藤勇、病を隠すために常に朗らかだった天才剣士沖田総司、頑健黒鉄造りの永倉新八、非情の剣士斉藤一、故郷に残した妻子を愛し続けた吉村貫一郎……新選組には個性的な連中がうじゃうじゃいる。この連中、あの幕末の京都で、結構、自由気ままに生きているんですね。よくよく新選組の記録だとか史実などを眺めていくと、一心に組織づくりに専念していたのは土方だけじゃないのか、と思えるところが随所に見える。組織を大きくしていくため、顕在化していくために縁の下の力持ちとしてがんばっている土方の姿が浮かび上がってくるのだ。だから、ワシャは彼のことを裏方歳三と呼んでいるくらいじゃ。
 残念ながら著者の中村さんは組織人ではない。中村さんが、詩人、弁護士、弁理士という組織に属したことがない人、組織をつくったことがない人だけに、組織人土方歳蔵の魅力を見つけることが出来ないのかもしれない。「新選組の組織はスターリン体制より苛酷だ」と言われるが、新選組が警邏隊として配属されたのは、尊皇攘夷激派のテロが横行する京都だった。幕府擁護派と見られれば斬殺され梟首された時代なのだ。そんなテロリストを相手にしている組織が生ぬるい烏合の衆ではどうにもならない。そのために土方は悪名を着た。全ての責任を一身にひきうけ、死に場所を求めて函館まで行ったのである。
 中村さんは文章を次の一文で締めくくった。
《私は土方歳三という人物に魅力を感じることができないのです。》
 ワシャは、賊軍の汚名を着せられ、その上、新選組の悪事全てを背負って北に去ってゆく土方歳三という人物に組織人としての大きな魅力を感じるのです。