小津忌に

 初めて観た小津作品は「麦秋」だった。原節子がきれいだったなぁ。ラストの、初夏の風が通りすぎる麦畑が印象的だ。
 知らない人のために物語を簡単に説明しますね。
 兄(笠智衆)は病院に勤める医師、妹の紀子(原節子)はオフィス・ガールだが、もう婚期を過ぎかけている。だから兄とその妻はもちろん両親も気が気でなく、結婚相手を探すのに苦労している。そんな北鎌倉の家族の日常を淡々と描きながら、妹は結婚を決意して、その相手の母親たみ(杉村春子)に告白し、やがて嫁いでゆく。ラストは青春に別れを告げる彼女の涙とまほろばの麦秋の風景で終わっている。小津はこの作品で「輪廻」と「無常」を描きたかったという。

 告白のシーンとラストはこうだ。

〇たみの家で紀子とたみが話をしている。たみが「あんたのような人が健吉(息子)の嫁になってくれるとうれしい」なんてことを冗談まじりに言う。それを受けて紀子がきく。
紀子「ねえ小母さん、あたしみたいな売れ残りでいい?」
たみ「え?」
紀子「あたしでよかったら……」
たみ「ホント?」
紀子「ええ」
たみ「ほんとね?」
紀子「ええ」
たみ「ほんとよ!ほんとにするわよ!」
紀子「ええ」
たみ「ああ嬉しい!ほんとね?ああ、よかったよかった!……ありがとう……ありがとう……」

〇麦畑
 よく熟れた麦の穂末を、サヤサヤと渡る六月の微風―
 大和は今、豊穣な麦の秋である。

 名脚本家野田高梧との共同脚本は見事の一語に尽きる。作品もワシャ的には邦画のナンバー1だと思っている。その後、「東京物語」「秋刀魚の味」「晩春」「秋日和」「浮草」「東京暮色」「早春」「お茶漬の味」「長屋紳士録」「戸田家の兄弟」「生まれてはみたけれど」を観た。どれも名作ばかりだ。さすが小津安二郎。ピケ帽を脱ぐ。