千人はちょっと多い

 いやー、千人の高校生は手強かった。何しろ大きな体育館に満タンなのだ。一番前の生徒は、舞台の前で店をひろげるワシャの目と鼻の先で体育坐りをしているし、最後列の生徒ははるかかなたに霞んでいる。立錐の余地もない聴衆というのは迫力ですぞ。
 まず最初は舞台の上に上げられた。高校の体育館の舞台というのは高かった。フロアから160センチは上がっている。その舞台上に校長先生と一緒に並べられて、紹介をされた。眼下には二千の瞳だ。口の中から水分が引いていく。
 校長先生からマイクを渡された。もうこうなったらやけくそだ。地震の話だというのに夏目漱石の話から始めましたがな。
 スクリーンに映し出された夏目漱石の写真を指し棒で示し、こう切り出した。「みんなはこの人物を知っているかな?」
 会場全体に「おや?」というざわめきが起きた。しめしめ。
「わかった人には大地震の時に生存率が高くなるホイッスルを差し上げます」
 とやったら前列の女の子からパラパラと手が挙がった。
「お答えをど〜ぞ」
夏目漱石
「正解です!災害ホイッスルをどうぞ。これであなたは大地震を生き残れます」
 それから『吾輩は猫である』(角川文庫)を示して、この中に地震の記載が2箇所あることを指摘して、その個所を読み始める。そして、
「ここに書かれている地震が実は大正12年に大きな被害を与えた関東大震災の予兆だったんですね」と続けて、本題の地震の話に導入していった。
 それから1時間、舞台に上がったりフロアに下りたり、簡易トイレを使って見せたり、自分の非常持ち出し袋を開陳したり、孤軍奮闘をした。少なくとも見える範囲で寝ている子は数人だった(見えないところはわかりまへん)。
 講話が終了し、再び舞台上に上げられ、生徒会長のお礼の言葉を受けることになった。静かにフェードアウトしたかったので「勘弁してください」と担当の先生にお願いしたのだが「ダメです」と断わられてしまった。
 ワシャは上手の椅子に坐らされて、生徒会長(かわいらしい女の子なんですね)が壇上に上がってくる。そしてお礼の言葉をいただいた。
ワルシャワさん、今日は地震についてのお話を、冗談ばっかりでお話いただきましてありがとうございました……」
 冗談ばっかりって……笑いの中に大事な話が挟まっていたでしょ。ううむ、「千人を寝かさない」に重点を置いたあまり、少々、お笑いに偏重しすぎたか。反省しよう。
 てなわけで、無事、防災講演は終了したのだった。やれやれ。