自転車の師匠

 ワシャはその昔ロードレースに凝った時期がある。全国で開催されるレースに重量9キロのロードレーサーを担いで参戦した。石川県の内灘で行なわれた干潟の周回レースで40位になったのが最高だったかなぁ。大したことはなかったなぁ。
 その自転車レースの師匠にTという人がいる。体育大学を出て地元の自治体に勤めている。たまたま一緒に飲んだのが縁で、ずるずると自転車の世界に引き込まれた。結局、その後、自転車を4台(ロードレーサー3台、マウンテンバイク1台)を買うことになる。それでも極めて軽量の自転車で風を切って走るのは気持ちいいですぞ。
 その師匠に久方ぶりに再会した。もう50も半ばというのに精悍な体躯は相変わらずだ。無駄な肉がまったくついていない。さすがですね。

 この人のエピソードにこんな話がある。
 Tさん、愛知県刈谷市に住んでいる。その日、思い立って名古屋のサイクルショップに出かけた。もちろんロードレーサーである師匠は名古屋まで30キロを自転車で行く。目的のショップに辿り着いたのだが、なんと臨時休業だった。師匠は「確かめてから来ればよかった」と後悔したが、元々が楽天的な人なので「まぁせっかくここまで来たんだから、ついでに富山まで走ろう」と思い立って、そのまま富山の知り合いの家まで走って行ったとさ。どこがついでなのか理解できないが、その夜には知人宅で酒盛りをしていたというから200キロを走破したのは間違いない。

 こんな変わり者だから師匠はなかなか出世ができない。同期には部長になったのもいるらしいが、本人は課長昇任試験を拒否しているので偉くなるわけがない。モノは並の部課長よりずいぶんと上等だ。これは10年くらい一緒に自転車を蹴っていたので保証できる。ただ欲がない。それに自分を持ち過ぎなのだろう。
 師匠が言った。
「大学へ入りたいんだ。宗教哲学をやりたい」
 あらら、この人、言い出すと必ず実行に移すので、多分、退職するとどこかの学校の門を叩くんでしょうね。出世はしないけれど、同期のそっくり返っている部長さんよりも充実した人生を送られることと、お喜び申し上げます。