犬との確執

 ワシャ家の数軒先に八つ裂きにしてもあき足らぬ性質の悪い犬がいる。名前は知らない。シバの入った雑種である。ワシャの通勤路に面した民家の駐車場奥の犬小屋がヤツの棲み処だ。

 仕事を終えて暗い夜道を自宅に急いでいる。もうすぐコタツに入って「白波」をキューっとやれるかと思うと、精神も肉体も弛緩しきっているんですな。そこをその犬が駐車場の車の脇から「ワンワンワン!」と不意打ちをしてくるのである。心臓が「ドッキーン!」と縮こまってしまうのじゃ。ワシャが心臓麻痺で路上に倒れていたら犯人は絶対にその犬と断定していい。

 その犬は他の人が通りかかった時にはそんな行動をとらない。たまたまワシャが見ていたらオバさんには吠えかからなかった。それにこっちが犬の存在を認識しているときには知らんぷりをして犬小屋の前のクッションに寝転んだままだ。どうやら隙のあるワシャだけを狙っているように思える。

 犬の飼い主一家が引っ越してきたのは4年ほど前の年末のことだった。その夜、忘年会で一杯飲んでいたワシャは、帰路、その犬のねぐらの脇に差しかかったのだ。「ワンワンワン!」と藪から棒に犬が飛び出してきた。ワシャはずいぶんと酔っ払っていたので、その時はびくともしなかった。酔っ払いに怖いものはないのじゃ。ワシャは吠えかかる犬に向き直ると、犬語で「でかい声で吠えるんじゃない、このバカ犬め。お前は最近越してきたから知らないだろうが、この辺りは俺様のシマなんだ」と言い返してやった。まぁ端で聴いていれば「ワンワンワン……」としか聞こえないだろうがね。
 それ以来、その犬とは決裂をしてしまい、不意打ちを食らうこととなった。一度、噛みついてやろうかとも思ってはいるが、人間が犬を噛むとニュースになってしまうので我慢している。
 ホントに性質の悪い犬だから困ったものだ。