ヒグラシの森

 まだ金曜日の余韻が残っている。
 東京都庭園美術館のことである。元々ここは旧朝香宮家の邸だった。この宮家、明治39年明治天皇の特旨によって創立された若い宮家であり、それまで海軍の接収地だったところに、急遽、宮邸を整備したらしい。明治11年内務省地理局が作成した「実測東京全図」によれば、この場所は海軍の火薬庫となっている。それ以前の安政6年発行「分間江戸大絵図」では松平讃岐と記載されている。松平讃岐というのは長州毛利公のことであり、この敷地は毛利家の下屋敷だったことがわかる。園内を見渡せば、優に樹齢100年を超えるような大樹があちこちに生い茂り、当時の面影を止めているようだ。

 そういえばヒグラシがしきりに鳴いていたなぁ。最近はワシャの家の周辺(愛知県西三河)でも「カナカナカナ……」という鳴き声を聴かなくなって久しいが、このあたりの森(自然教育園)はずいぶんと濃いのだろうね。警備員の対応の悪さには辟易とさせられたが、叢林そのものは山手線内で貴重なものですぞ。もう一度、訪れる価値はありそうだ。

 昨日も触れたが、目黒界隈の夜は早い。午後10時にオーダーストップ、11時に閉店などというところが結構あった。新宿や池袋なら夜は今からという時間なのに……でもね、田舎者のワシャには、目黒のそういった健全さの方が居心地がよかった。ガキと外国人と犯罪者の坩堝は、40を越えると灰汁が強すぎて口に合わない。
 口に合うと言えば「北前そば高田屋」の地鶏のたたきが美味かった。また機会があったら飲みに行こうっと。