卑怯者と潔い人

 最初から卑怯な人間のことは考えたくもないので、まず潔い人について触れたい。「潔い」元は「勇清し」から来ている。正しい勇気に支えられた決断性のある振る舞いのことで、さしずめ「大脱走」のデビッド・マッカラムが演じた「駅で仲間を助けるために犠牲になった男」か、あるいは失恋するとその女性の前から消えてゆく「寅次郎」といったところか。なかなか現実の世の中では、この潔い人に出会うことはないですなぁ。
 ところが卑怯なヤツというのは、どこにでも棲息している。最近、目立ったところでは、あれだけ反小泉を掲げ、周囲を焚きつけるだけ焚きつけておきながら、さっさと本流の中に紛れ込んでそしらぬ顔をしている政治家とか、悪徳業者から裏金をたんまりもらって、いろいろ便宜をはかっている痴呆議員など、数え上げれば切りがない。
 一部を除けば、政治家などという輩は、大方が名誉欲や金銭欲に蝕まれた小人ばかりである。おらが地域の元代議士様も出資法違反とやらでお縄になっちまった。昔から知っていたが元々潔さそうな人物ではなかったので、とっ捕まっても驚かなかった。そんなバカばっかりだから投票率が上がらないというのも肯けるねぇ。