父親 その1

 昨日の夕方、古い付き合いの友人から「飲みに行かないか?」と誘われた。腰の痛みはちっとも治まらないが、付き合いも大切なのでと、居酒屋へ行く。
 ヤツはかなりつかれている。「どうしたんだ」と訊ねると、訥々と話はじめた。
「東京に行っている息子が帰ってきた」という。ヤツの息子は東京の有名私大に通っている。優秀な息子だ。
「子どもと口論になっちまってさ」
 そういうこともあるだろうさ。
「大学の授業に魅力を感じないって言うんだ。だから専門学校に通いたいから金を出してくれって言ってきた」
 息子は大学2年だったよな。
「俺はとにかく大学に専念したほうがいいと言ったんだ」
 まぁそうだろうな、一般的な父親の発言としてはさ。
「何時間説得しても息子の意志は固いんだな、これが」
 そりゃぁ大変だったな。
「でさ、余りにも言うことをきかないから、つい大きな声を出してしまったんだ。そうしたらさ、20歳になろうという息子がさ、泣くんだよ」
 あらま・・・
「泣かれちまうとさ、俺、もともと息子のこと大好きだから困ってしまうのよ。あ、悪いこと言っちゃったのかなぁ、とか、ちょっと大声出しすぎたのかなって考えちゃうんだよ」
 結構、デリケートなんだね君は・・・
「だけどさ、父親だから、ガキになめられちゃいけないとも思うじゃないか」
 うんうん、思う。
「だからさ、意地張っちゃうんだよね。意味もなくさ」
「結局、溝は埋まらず、息子は東京に帰ってしまった」
「息子はわざわざ俺に会いに来たんだよ。3つ、頼みがあったんだが、俺は3つ全部を拒否したんだ」
「もちろん拒否することが息子のためだと信じてはいるが、確信して、というわけでもない。成り行きで、息子がいちいち逆らうからさ、ついつい、『あれも駄目』『これも駄目』『それも駄目』ということになってしまった」
「大好きな息子なんだよ、かわいそうなことをしたと思うんだよ。だけどさ俺でも一応父親じゃん、一旦、言葉にしたことを翻すなんてことは、息子の前ではできないんだ」
 だから、心が疲れちゃったんだね。まあ飲めよ。
「悪いね、俺の愚痴に付き合ってもらって」
 いいさ、でも、お前のおごりだぜ。
「もちろん」
 でもね、いくら飲んでも気持ちは晴れないと思うよ。
(「父親 その2」に続く)