だから喫煙者は攻撃される

 昨日のことである。国道1号で信号待ちをしているときのこと、前のワゴン車の運転席から男が肘を突き出して煙草を吸っている。「こいつは煙草を外に捨てるな」と思って見ていると、案の定、信号が変ったとたんに火のついたままのタバコを路上に捨てた。
 以前にこの日記で、「世の中は喫煙に対してヒステリックになっているが、傍若無人な喫煙さえしなければ煙草のけむりがたゆたう景色も悪くない。映画「カサブランカ」の主人公が禁煙パイポを加えていたのでは洒落になりませんよ」と書いた。その気持ちは今も変らないが、マナーをわきまえた喫煙者たちのことを言ったのであって、こういう公共心のまったくないバカのかたを持ったのではない。実はこういう輩が喫煙者の世界を狭めているのである。結局、傍若無人なバカのあおりを善良な人々がくらってしまうという図式はここでも変らない。私が安岡力也なら、車を降りてその煙草を拾って、「おい、にいちゃん、こぎたねぇてめえの唾液のついた煙草を、天下の公道に捨てるんじゃねえよ。拾ってやったから幾らか出しなってば」とかいいながら煙草を車内に戻してやるのである。
 残念ながら、私は安岡さんではないのでそんな無謀なことはできないかった。
 世の中は、こういったバカも含めて成立しているということは充分にわかっているのだが、こうもバカを目の当たりに見せ付けられると、ついついバカ排除思想に取りつかれそうになる。イデオロギーはダメだって言ったばかりなのに、舌の根も乾かぬうちにこれだもんね。反省反省。
 それにしてもこういったバカを調教する方法はないものだろうか。やっぱり安岡力也を増やすしか方法がないか。