かぶりつきでオーケストラ

 17日の夜、刈谷市総合文化センターの大ホールで「佐渡裕指揮 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 特別演奏会」があった。演奏の前に、佐渡さんが登場し挨拶をされた。その時に、「いいホールですね。いいホールはその町の顔になります。ホールでその町のレベルが見える」、というニュアンスのことを言われた。もちろん社交辞令的なこともあるだろう。でも、追従ならばあまり力を込めないものだが、佐渡さんは力を込めてそう言った。佐渡さん本心からそう言っていた。ワシャもいいホールだと思う。この町のように、金をかけるところには、時にはきちんとかける。妙なところでケチらない。ここが大切なのである。
 反対に、高級車に乗っているのだが、靴下がヨレて下がっている、ベルトが剥げて擦り切れている、そんなのはぜひ避けたい。金を持っていてもケチ臭いやつは貧乏臭くていかん。金は格好よく使ってこそ生きる。
いかんいかん、ある人物が脳裏に浮かんできて話が外れてしまった(笑)。演奏会の話だった。
 シートは舞台から3列目である。目の前に佐渡さんが立っている。ピアニストの反田恭平さんのしなやかな指の動きも鼻の先で堪能できる。ピアノはスタインウェイ&サンズ、いい音色が耳の横でほとばしる。まさにかぶりつきでの鑑賞となった。
 最初の曲目は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。弦楽四重奏曲第1番の第2楽章である。ロシアの民謡をもとにして創作した「魂をすすり泣かせるような旋律」だった。それよりもかぶりつきの迫力に度肝を抜かれて「ほえ〜」と驚いている間に7分の演奏は終わっていた。
 次の曲は、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18」である。これはCDを持っている。今も聴いている。曲頭はピアノから始まる。ゆっくりと徐々に高まって雄大なロシアの風景を奏で始める。流暢な旋律が激情的に速いテンポで展開していく。百田尚樹さんはこの曲に「禁断の果実的な甘さ、爛熟の危うさ、そしてほのかに性的な香りのようなものを感じさせる」と言われる。う〜む、ワシャはどちらかというとロシアの不毛の大地に流れる風、わずかに射す光、耐えて咲く小さな花、そんなものが脳裏に浮かんでくる。
 休憩をはさんでチャイコフスキーの「交響曲第5番 ホ短調 作品64」である。佐渡さんは、「オーケストラの人は嫌がるだろうけど、ぼくはこれさえ指揮できればいいくらい大好きな曲」と言っていた。ベートーヴェンの「第5」を意識した作品で、出だしは、主題を奏でるクラリネットが静かに忍び込んでくる。完美の中に「運命」的な哀愁、憂鬱があり、そして幻想的なメロディーが絡まっていく。文字ではなにも伝わりませんが、つねに繰り返される主題がロシアの過酷な自然の風景を描きだす。ワシャはカラヤン指揮、ベルリン・フィルのものを聴いているが、何度聴いてもいいものはいい。佐渡さんと東京シティ・フィルもよかった。なにしろ情景がクリアに浮かぶ楽曲は好きだ。