髪結いの矜持

 昨日、年度も改まったので、さっぱりしようと近所の理容室に電話をした。その店は土曜日、日曜日はやはり混んでいて完全予約制となっている。だから連絡をいれて、午後の遅い時間を約束した。この季節、基本的には外には出たくない。おぞましいくらいの花粉が飛んでいるからね。それでも、夕方になるといくぶん花粉も落ち着くので、メガネにマスク、キャップをかぶって出かけた。
 午後3時30分ピッタリに理容室についた。入り口で、散髪をおえてさっぱりとした中年の男性とすれ違った。店に入るとおっとりした奥さんにバーバーチェアに案内される。座るやいなや、奥さんと息子(といっても40代半ば)がワシャの頭にロッドを巻き始める。手際がいい。
 ロッドを巻きながら二人は「来ないね」「そうだね」とか話している。どうやら、ワシャと同時刻に予約を入れた客が来ていないらしい。15分たっても客は現れなかった。
「3回目のお客さんなんですがね、横柄な客なんですよ」
 と息子のほうが言う。
「口の利き方を知らないっていうんですか。若いヤツなんだけどうちの母親にもため口なんですよ。嫌な客なんで、来なければ来なくていいんですけどね」
 と笑っていた。
 20分過ぎに、ドアが開き若い男が入ってきた。その客だった。店が揺れるほどの大声で、「○×@◇▼■◎していて、気が付いたら30分を回っていたので遅くなった」と言い訳をする。言い訳にしては高圧的だ。
 息子は笑顔で応じた。
「約束の時間が20分も過ぎちゃってますね。次の予約が入っているんですわ。今日はカットだけになっちゃうけど大丈夫?それともまたにする?」
 笑顔の割に厳しい。
息子「また都合のいい日時を連絡してくれればいいですよ」
客「この店に連絡しようとしても、夜やってねえじゃん」
息子「夜勤なの?」
客「チゲーよ、残業だよ」
息子「だったらトイレに行った時にでも電話すれば」
客「オレ、そういうこと仕事中にする人じゃねーの」
ワシャの心の声「勝手に言ってろ」
息子「じゃぁ今決める?」
客「しどろもどろ」
息子「いいよ、またいつでも連絡してくれれば」
客「しどろもどろ」
ワシャの心の声「はっきりせんか〜い!」
 結局、その男は帰っていった。息子はワシャの頭に戻ってきて母親から仕事を受け継ぎ、そしてこういった。
「床屋なんて客商売だから、頭をいくつ刈ってナンボなんですけど。でもね、ああいうのを許していると結局他のお客さんに迷惑かけちゃうんですよ。昔は、客は神様じゃねえのかって凄む人もいたんですけどね、他の神様にご迷惑なんで……ってお断りすることにしています。あの若い人も、次に時間どおり顔を出せるならば、いいお客さんになるんでしょうが、おそらく来ないでしょうね」
 ううむ、時間どおり来ておいてよかった(安堵)。