大気圏10キロの空気感は直接味わったことがないけれど、おそらく希薄に違いない。ワシャたちは、いわば空気の底にいるわけだが、朝夕、自転車で走っていると、空気の密度を強く感じる。北風に向かうと、激流を川上に向かって泳いでいるようで、15分もあえいでいるとヘロヘロになりまっせ。
もうひとつ、空気の密度を強く感じる瞬間がある。ワシャは自転車道を使って通勤をしている。その途中に道路や鉄道をくぐるトンネルが5つある。そこに差し掛かると空気の密度が高まって、ワシャの身体に「ボン!」と突き当たってくる。空気が押し寄せてくる感覚だ。
「空」という言葉がある。色即是空の「空」である。ご存じのように「空」は「何もない」ということではなく、「見えないもの」という意味である。「空気」も見えないけれど「ある」ものであり、例えば個々のプランクトンなんかも肉眼では見えないけれど、海水中であれば間違いなくそこに存在している。
荒俣宏『サイエンス異人伝』(講談社)にこうある。
《夜のパラオでは、海中に光を点すと、驚くべき多様さに満ちた浮遊生物と遭遇できる。(中略)集魚灯のまわりは、得体のしれない幽霊のような透明生物が取り囲んでいる。》
なにもないように見える空間にも、なにかがいるのである。
ワシャの家の書庫もパラオの海のようだ。本棚に囲まれた空域には零戦とパー子が飛んでいる以外はなにもない。しかし、西日が射しこむと途端に賑やかくなる。細かいホコリが舞っているのじゃ。忙しさにかまけて一週間ほど掃除をしないとてきめんだわさ(泣)。あわててマスクをつけ、ハンディーワイパーで拭きまくるとホコリはさらに舞い上がり、見えないはずの空気がたっぷりと見えるのであった。
週末に本格的な掃除をしようっと!