おもしろい話はいろいろとあるのだ

 司馬遼太郎の作品に「池田屋異聞」という短編がある。『新選組血風録』の一話で、主人公は新撰組大幹部の山崎烝(すすむ)。彼の新選組入隊から池田屋騒動前後の話である。
 この中に山崎の敵役として出てくるのが長州派の大高忠兵衛という男であった。この大高と山崎は大坂の道場で相対することになる。
 道場主には娘がいた。ひそかに山崎が心を寄せていたのだが、その娘は忠兵衛に懸想している。同じ門弟にも関わらず、山崎には笑顔ひとつ見せない。「この差はなんなのだ」と山崎は悩む。
 その理由は兄から知らされた。忠兵衛はかの赤穂浪士四十七士の中でも人気の高い大高源吾の子孫だった。それに対し山崎は隠し姓を奥野という。赤穂事件に詳しい方ならこの姓で「ああ、あの奥野か」と思い当たられよう。
 少し説明する。
 赤穂藩浅野内匠頭(たくみのかみ)には幾人かの重臣がいた。筆頭は大石内蔵助城代家老で千五百石である。もう一人家老がいる。主に勘定方を受け持っている大野九郎兵衛である。義挙どころか血判にも参加していない。早い段階で赤穂を出奔してしまった。このため歌舞伎の『忠臣蔵』では悪役となっている。
 そしてもう一人、赤穂の生え抜きでは�2の奥野将監定良(しょうげんさだよし)である。内蔵助の親戚筋にあたり、千石をはむ組頭、五万石の浅野家にあっては名門であり、藩の貴族と言っていい。奥野は血判にはその名が記されている。最初の義盟には加わっていた。しかし、その後、内匠頭の弟の大学が処分され、浅野家再興の望みが断たれた段階で脱盟してしまう。時に奥野将監56歳である。すでに隠居の年齢であり、討ち入りなどという暴挙に付き合うには、体力も精神力も衰えていたのだろう。
 結局、元禄15年の義挙の後は、不忠臣のレッテルを貼られて、世を忍びながら生きていかざるを得なかった。だから、子々孫々にもその由来を語らず死んでいったのだろう。

 160年後、その忠臣と不忠臣が、池田屋で合いまみえることになるのは因果といえば因果じゃのう。
 司馬ドラマを引く。

《「大高忠兵衛」
 山崎が声をかけると、ころがった忠兵衛はそのままの姿勢で山崎のすねを払い、山崎にかわされてから、
「おお、奥野将監の曾孫(ひこ)どのか」
 と立ち上がった。山崎はものもいわずに突進した。忠兵衛はとっさにその籠手を撃ち、山崎はやっとつばもとで受け、一挙に飛びはねながら、
「妙な縁だ、忠兵衛」
「縁とは、赤穂の縁か」
「腰ぬけの将監の曾孫が、なにやら義士の子孫とか自称して歩くおのれを討つ。討入りはおのれのほうの家芸かもしれぬが、今宵はそうはいかぬ」
「犬畜生の血すじが、何をいうぞ」》

 乱戦の中、山崎は辛うじて大高忠兵衛を討ち、「将監さまごろうじろ」と叫んでいたという。

 さて、橋下大阪市長に対する「週刊朝日」の誹謗中傷である。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121020-00000004-sph-soci
 もちろん問題の号はワシャの手元にあり、佐野眞一と本誌取材班(今西憲之、村岡正浩)が書いた「緊急連載 ハシシタ 奴の本性」という記事はしっかりと読んでいる。
 それにしても汚い文章だった。これが佐野さんの文体だったかなぁ。

香具師まがいの身振り」
「この男は裏に回るとどんな陰惨なことでもやるに違いない」
「おべんちゃらと薄汚い遊泳術」
「テレビがひり出した汚物」
「耳が勃起してきそうなこんな裏話」
「男は珍棒 女は子宮で 勝負する」
「橋下さんの父親は水平社あがり」
「親父の精子が八〇%、女の卵子が二〇%の割合で結合する」
「本人(後ほど名前が出てきて本人というのがヒットラーと分かる)が聞いたら『あんな下劣な男と一緒にするな』と墓場の下から怒鳴られそうだが」
「新しいものならうんこでも飛びつきかねないテレビ局御用達のお手軽評論家」
「負け犬になった男」

 ううむ……。
 ここまで表現が汚いと読むに堪えない。これがジャーナリストの文章だろうか。この記事の中で佐野さんか、あるいは記者のどちらかは判らないが、橋下さんと合流した政治家たちに「おまえら品性はあるのか!」と指弾しているところがあるが、この文章にも品性の「ひ」の字もない。これが「週刊朝日」の現実だとするなら、ついに地に落ちたか。

 都合6ページにわたる誹謗記事は、ラストで橋下さんの父親について暴露を始める。ヤクザだ、被差別部落だ、狂っていた……などなどの悪口の羅列は読むに堪えない。
 でもね、いくつ悪口を並べられても橋下大阪市長に対する考え方は微動だにしなかった。この記事を読んで「橋下はそんな性質の悪いヤツだったのか」と見方を変えるバカがどれほどいるのだろう。単に「週刊朝日」の編集力のなさ、担当記者の愚劣さが白日の下に晒しただけのことではないか。

 前述した「池田屋異聞」の話は、ほぼ司馬さんの創作である。山崎烝が奥野将監の子孫だったなどという史実はない。でも、作品としては秀逸だと思う。
 この作品で司馬さんは「先祖や過去に囚われるな、そんなものはどうでもいいことで、今、あなたが何をしたいか、何をするのか、ということが重要である」と言っている。

 橋下さんも、「週刊朝日」という悪役を一刀のもとに斬り捨てた。あとはそんなくだらないことに拘泥せず、大阪市民のため、日本のために一所懸命に頑張ればいい。そういうことだろう。