春の落語

 春めいてきた。
 朝、出勤時に遊歩道を歩いていると、あちらこちらに花が咲いているのを見つける。桜の芽はまだ硬いが、雪柳は三分ほど開き始めている。黄水仙、西洋タンポポ、東菊(あずまぎく)などが路肩に競い合うようにほころび始めた。

 そんな、春の陽気の中、地元で落語会があった。今回は、上方落語である。出演は桂文也(ぶんや)、笑福亭枝鶴(しかく)、桂枝女太(しめた)、笑福亭生寿(せいじゅ)の4人。
 まずは、前座で生寿である。噺は「狸の鯉」。八五郎が助けた狸が恩返しをするというもので、兄貴分の出産祝いに、鯉に化けた狸を持参して寿ぐ。ところがその狸の鯉を早速料理しようとしたからたまらない。ここで始まる騒動が聴きどころである。
 話の中に「吹き流しの鯉」が出てくるので、季節は「春」とみた。しかし、下げが、「おおお、鯉が柿の木に登っていった。これがホントの鯉の柿登り」となっている。ワシャの知っている下げは「裏の薪(まき)を伝って屋根に登っていきましたよ。これがホントの鯉の薪登り……」だった。多分、薪では現代人がイメージしにくかろうと「柿」に変えたのだろうが、そうなると季節がおかしくなる。あらかじめ燃料の薪を積んでいるという風景を説明しておいて、やはり下げは「薪登り」でいくべきだろう。
 さて、次の枝女太である。噺は「植木屋娘」、せっかちな植木屋幸右衛門、寺男の伝吉、幸右衛門の娘のおみつ、女房、住職を巧く演じ分け、おもしろい噺に仕上げている。年齢はワシャと同じだ。これからアブラがのってくるだろう。
 仲入りがあって、桂文也の登場だ。今回の興行では座長ということになる。文也は3度目になるかなぁ。マクラは前回と同じだった。噺は「京の茶漬」、大阪と京都の風俗の違い、住民性の違いを笑う話で、大阪落語の噺なので京者が、悪意に描かれている。文也の師匠の文枝も得意としていた噺だ。でもね、登場人物が「大阪の男」と「京都の女」だけ、場面は京の町家の客間だけなので、話に奥行きがない。文也にはもう少し大振りの噺をしてほしかった。
 トリは枝鶴である。出し物は「愛宕山(あたごやま)」。これは登場人物も多いし、風景描写もあっておもしろい。もちろん「春」の噺である。
祇園町から西へ道をとりまして、二条の城を尻目に、野辺へとさしかかってまいりましたが、なにしろ春先のこと、空には、ひばりがさえずり、野には、かげろうがもえ、れんげや菜種の花があたり一面に咲きほこっております。そのなかを、にぎやかな連中がいくのでっさかい、その道中の陽気なこと……》
「その道中の陽気なこと」を合図に、にぎやかに三味線がはいって、落語家も高座で踊り出す。
 この噺は、名人がやると本当に愛宕山の風景が見えてくるから不思議だ。そして、この噺も大阪と京の対立噺で、京都室町の旦那と、大阪のお茶屋をしくじった太鼓持ちのやりとりがおもしろい。これは、文也の噺をマクラにもしているわけで、そう考えるとなかなか緻密に構成されていることがわかる。枝鶴も枝女太と同い年なので、今から円熟味が出てくるのだろう。途中で、太鼓持ちの一八と繁八が、どっちがどっちなのか判からなくなるところもあったが、全体としては、無難に仕上げていた。

 因みに、NHK連続テレビ小説ちりとてちん」の主人公、徒然亭若狭の師匠、草若(そうじゃく)が得意としていたのが「愛宕山」だったなぁ。それにしても、草若演じる渡瀬恒彦の落語は下手だった。枝鶴のほうがよほどいい。当たり前だけど。