さるさるから去る決心をしましたぞ

 さっそくユッキィさんから「はてなダイアリー」をご紹介いただいた。簡単そうなので徐々に日記を移すことにしました。
 まだ、使い方がよくわかりませんので、「はてな」のほうは当分試験運転です。5月中を目途に、移行作業を進めていきたいと思います。ぜひ、下記のURLを登録しておいてくださいね。
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/
 
 さて、昨日の昼休みのことである。午前中の強い雨が一時弱まった。その時間、ワシャは自転車で市街地を走っていた。雨は傘をささなくてもいい程度にパラパラと降っている。南の空には雲の切れ間から青い空がのぞいていた。
 日和雨(そばえ)である。
 今日、5月11日(旧暦)は、新選組副長土方歳三の命日だ。
王城の地から北関東、東北を転戦し、最終地の函館まで落ちていった土方は、そこで榎本武揚(たけあき)の幕下に入る。榎本軍は連戦連敗なのだが、土方の率いる部隊だけは勝ち続けた。しかし、10日に函館が落ちると榎本軍は降伏を模索し始める。これを潔しとしない土方は11日早朝、五稜郭の城門を馬に乗って出かけている。この時、すでに土方は死を覚悟していた。う〜ん、覚悟というと少しニュアンスが違うかなぁ。「死を決めていた」のほうがイメージとしては合う。
 函館に向かう途中に原生林があった。そこで官軍に包囲される。土方の軍勢は崩れ立ち、これ以上は進めない。
《が、ただ一騎、歳三だけがゆく。悠々と硝煙のなかを進んでいる。》
 司馬節である。
《自軍のなかを悠然と通過していく敵将の姿になにかしら気圧されるおもいがして、たれも近づかず、銃口をむけることさえ忘れた。》
 この後、土方は単騎で函館市街の栄国橋までたどり着き、ここで官軍に名を問われ「新選組副長土方歳三」と答えている。
 鬼の土方の登場に官軍はおののいた。官軍士官は兵を散開させ、射撃の用意をしたうえで重ねて聞く。
「参謀府にゆくということは降伏の軍使か、それならはそれなりの作法があるはずだ」
 土方は鼻で笑う。
「降伏?新選組副長が薩長の参謀に用があるとするなら、斬り込みにゆくに決まっているだろう」
 この場所で土方は34歳の短い生涯を閉じる。短かったけれども極めて鋭い光芒をはなった人生だった。馬から落ち、路傍で空を仰いだときも、この男に後悔はなかったに違いない。最期の瞬間、土方は微笑んでいたとすら思える。