http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090502-00000100-mai-soci
昔、ヘネシーの宣伝でこんなのがあった。
《竹中君が来る。
竹中君の誘いはことわれない。あんなに元気に酒に誘うヤツは、どこにもいない。あの誘いっぷりには覚えがあるぞ、と考えていたら、小さい頃、家の外から「遊びましょ」と叫んでいた近所の子どもを思い出した。その声がかかると、俺はもういても立ってもいられなかったものだ。竹中君はよくしゃべる。次から次へと映画の話をくり出してくる。楽しくて楽しくてしかたがない「男の子」がそこにいる。それは、昆虫や野球選手のことを夢中で話していた子どもたちと、何も変わらない。もし違いがあるとしたら、今は、日が暮れるかわりに夜がふけ、なけなしの小遣いでかったサイダーのかわりに、あの頃親父たちでさえ口にできなかったヘネシーが、かぐわしくふたりの前にあることである。》
これを語っているのが、清志郎さんである。「文藝春秋」か何かで、この宣伝を見るたびに「ああ、この二人は本当に仲のいい飲み友達なんだな」と思い、そしてヘネシーとは言わないが酒が呑みたくなってしまうのだった。だから、夕方になると自転車にまたがって、友人の家に急ぐのだ。そして、友人の家の玄関先で、竹中君に負けないくらい元気よく「呑みに行こう!」と誘うのだった。
書庫を探したら、清志郎さんの本が2冊見つかった。『忌野旅日記』(新潮文庫)と『十年ゴム消し』(六興出版)の2冊だ。ご冥福を祈りつつ、本を肴に一献酌むことにしようか。